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2017年05月03日

バクー油田開発初期の支配者

 ロシア帝国時代の南部カスピ海沿岸の小さな町、現在のアゼルバイジャン共和国の首都
   バクー(Baku)
は古くから知られた産油地帯で紀元前には
   「永劫の火の柱」
の奇跡としてゾロアスター教(拝火教)が発祥したところでもある。
 既に9世紀以来、手掘りで採油しておりランプなどの燃料として使用されており、16世紀から商売が始まっていた。

 米国ペンシルバニア州で
   エドウィン・ドレーク大佐
が1859年、初めて油井を立ててパイプで石油を機械的に掘削することに成功した。

 ロシア政府は国家事業として石油開発に取り組んだ。
 しかし、クリミア戦争後の戦費負担が重くのしかかっていたため、この事業は財政を圧迫しており財政再建のため石油産業における国家独占を廃止し、保有していた油井を1872年に売却した。

 ロシア政府がバクー油田地帯での個人の競争企業を認めたことで
など欧米諸国から石油資本がバクーに流入して小規模な製油所が続々誕生し、急速に発展を遂げた。

 ダイナマイトを発明したことで知られる
の父で合板材料として丸太をシェービングする機械などの発明家
   イマヌエル・ノーベル
はスウェーデンでの事業に失敗し、ロシアで再起をかけて軍事工場を作るため、ロシアに移住していた。
  
 父は銃握の製造で一時は成功したもののクリミア戦争の終結で再び破産した。
 ただ、次男ルドヴィッヒが破産した軍事工場を引き受けて再建した。

 アルフレッドも化学の知識と経営の才能があり、発明されていた
   ニトログリセリン爆薬
からダイナマイトを発明し、世界的な企業を築くことになった。


 1873年長男ロバート・ノーベルがバクーに商売でやってきて、現地での原油掘削事業の活況さに魅了され、原油精製のための小さい製油所を購入した。

 ノーベル兄弟は原油から不純物を取り除く方法を考案した。
 他社からも原油を買い取り拡大し、コーカサス地方で最も利益の上げる企業に成長させた。

 この「ノーベル兄弟石油会社」はロシアの灯油の半分を生産することになった。
 米国の灯油産業で設けていた
のスタンダードオイルの灯油をロシアの市場から駆逐することに成功している。
 
 19世紀の終わり、フランスのロスチャイルド家がロシアの油田を購入し、樽に入れて貨車で陸路を運搬すべくバクーから黒海の港町バツームまでの鉄道建設を計画した。

   カスピ海・黒海石油会社
を設立し、ルーマニアのアドリア海沿岸に設けた製油所に石油を送り込んだ。

 このルートの確保などで、ノーベル兄弟とロスチャイルドのロシアの石油がヨーロッパ市場に流れ込んだ。
 そのため、スタンダード・オイルのシェアは78%から71%に低下した。
 
 ドイツが発祥のロスチャイルド家はナポレオン戦争や仏晋戦争、アヘン戦争などや、植民地拡大の資金を政府に提供した。
 また、企業にも資金を双方に貸し付けたことで莫大な利益を上げる金融資本として当時でも最も有名なユダヤ人のひとりに成長していった。

 第二次大戦後、パレスチナにイスラエルを建国のときの資金を提供した強力なスポンサーとしても知られている。
   
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posted by まねきねこ at 11:51| 愛知 ☔| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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