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2009年04月20日

コーネリアス・ヴァンダービルト(Whitney,Cornelius Vanerbilt)ヴァンダービルト家の創始者 海運・鉄道王

コーネリアス・ヴァンダービルト・ホイットニー(Whitney Cornelius Vanerbilt)
   1794年5月27日 - 1877年1月4日       
 ヴァンダービルト家の創始者として知られ「コモドール」の愛称で呼ばれた米国の実業家で、鉄道と海運で富を築いた海運・鉄道王。
 ヴァンダービルトは父の事業に携わった後、
   内陸水上貿易
の指導的地位に就き、急成長を遂げる鉄道産業に投資して、米国の地理を効果的に変革した。
 ヴァンダービルトは、歴史上最も裕福な米国人の一人である。
 裕福で影響力のあるヴァンダービルト家の家長であった。
 彼は、テネシー州ナッシュビルのヴァンダービルト大学設立に最初の寄付を行った。
 政治的な策略によって海運と鉄道を独占していたことから、ヴァンダービルトはしばしば「強盗男爵」と呼ばれている。
 なお、この言葉が初めて使われたのは、1859年のニューヨークタイムズ紙であるとされる。
 
 コーネリアス・ヴァンダービルトの高祖父の
   ヤン・アートソンまたはアートゾーン(「アートの息子」)
は、オランダのユトレヒトにあるデ・ビルト村出身のオランダ人農民で、1650年にニューアムステルダム(後のニューヨーク)に年季奉公人として移住した。
 オランダ語の「ファン・デル」がアートソンの村の名前に最終的に加わり、「ファン・デル・ビルト」(「ビルトの」)となった。
 これが最終的にヴァンダービルトに短縮され性となった。
 アンソニー・ヤンスゾーン・ファン・サリーは、コーネリアス・ヴァンダービルトの高祖父の高祖父の一人である。

 コーネリアス・ヴァンダービルトは、1794年5月27日にニューヨーク州スタテン島で、
   コーネリアス・ヴァンダービルト
   フィービー・ハンド
の息子として生まれた。
 少年時代はニューヨーク港にある父親の渡し船で働き始め、11歳で学校を辞めた。
 子供時代は教育らしい教育を受けていないものの生活費を稼ぐため海で漁師の手伝いをし操船技術を覚えた。
 16歳のとき、ヴァンダービルトは自分で渡し船サービスを始めることを決意した。
 ある説によると、彼は母親から100ドル(2024年の価値で2,000ドルに相当)を借りて、ペリオーガー(喫水の浅い2本マストの帆船)を購入し、スウィフトシュアと名付けたということになっているが、1853年に出版された彼の生涯に関する最初の記録によると、ペリオーガーは父親のものであり、ヴァンダービルトは利益の半分を受け取ったという。
 彼はスタテン島とマンハッタンの間をフェリーで貨物と乗客を運ぶことから事業を始め海運業から身を起こした。
 彼の仕事に対する精力と熱意はすさまじく、近くの船長たちは冗談で彼を「提督」と呼ぶようになった。
 このあだ名は生涯彼に付きまとった。

 蒸気船で事業を拡大し米英戦争では政府の御用商人となり、裏では利権確保のため多額の賄賂が政府官僚に手渡されたともいわれているが、とにかく巨大企業へと躍進した。
 ゴールドラッシュの始まりから西部開拓が進む中、1862年に西海岸までの延伸を求める声が高まり、太平洋鉄道法が制定されたことをきっかけとしてニューヨークのハーレム鉄道に出資したことから鉄道事業に進出した。
 その後、13の鉄道を買収しニューヨークとバッファローをつなぐ800キロメートルの1本の鉄道に統合した輸送網を手にいれた。
 それから約10年間で、ヴァンダービルトは、イリノイ州シカゴおよびミシガン州デトロイトへの鉄道も買収し、ニューヨーク・セントラル鉄道会社を設立した。
 鉄道会社の買収・統合などの集積が繰り返されたことから、全米の主な鉄道が幹線網に組織され、一握りの事業家によって支配されるようになりました。
 これによりヴァンダービルトは、アメリカ最大の富豪一族の礎を一代で築くこととなりました。
 NYのグランド・セントラル駅は、もともと
    提督(コモドア)
と呼ばれたコーニリアス・ヴァンダービルトが1871年に建てたものです。
 なお、日本との関係では1953年、ペリーは浦賀に黒船を引き連れて江戸幕府に開国を迫りました。
 日本の鎖国を終わらせた黒船の裏にいたのが、米国の軍事と物流を支配していたコーネリアス・バンダービルトといわれています。
 ヴァンダービルトは軍人一家の
   ペリー家のパトロン
として知られており、日本に来た黒船も彼が持つ66隻の蒸気船の一隻であり。
 1870年代前半に行われた
   南北戦争に伴う戦費調達
を目的として実施されていた所得税の廃止は、アンドリュー・カーネギー、ジョン・D・ロックフェラー、コーネリアス・ヴァンダービルトといった資産家が生まれる背景(俗に泥棒男爵とも呼ばれる)となった。
 ヴァンダービルトの資産は、所得税廃止前後の15年間で一挙に10倍の10,500万ドルに膨れ上がってたといわれている。
 なお、1999年1月、日本政府が国連大使公邸として使うため、ヴァンダービルト家の邸宅をニューヨーク不動産取引き史上最高額の
    2,150万ドル(23億4,000万円)
で購入し話題になった。
    
      

   
posted by まねきねこ at 09:28| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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