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2010年12月04日

黒川金山 武田信玄ゆかりの山梨県甲州市にある鉱山遺跡

黒川金山
山梨県甲州市塩山(旧塩山市上荻原)に位置する遺跡で平安時代に開発されたとする伝承を持つ
戦国時代から江戸時代初期まで鉱山として栄えた。→ ranking

戦国期に甲斐国内統一を達成して領国拡大を行い、甲州金を流通させた武田信玄の経営した金山と考えられてきたが、遺跡調査の結果では小規模な家内工業的なものであった。 
 文献上では1498年(明応7年)の明応の大地震による災害を記した窪八幡神社(山梨市)別当寺である普賢寺住職の記した「王代記」の記事が初出である。
 
 黒川は15世紀まで霊場として山伏や修験者などが滞在した地域であり、小規模な砂金採掘が行なわれていた。
 16世紀前半には本格的な金の採掘が始まっており、専門の職人集団としての金山衆を記した文書も多く存在している。
 16世紀中期より黒川金山は最盛期を迎え、黒川千軒と呼ばれる密集した家屋が建ち並び、人口は1,000人前後まで増加して鉱山町が成立していた。→ ranking
 
 なお、1571年(元亀2年)の武田家朱印状によれば、黒川金山衆は武田氏による北条綱成の守る駿河国深沢城攻めに動員されている。
 この時の功績により人足普請や棟別役の免除など諸役免除の特権を得た。
 ただ、軍役に就かなかった者も多く、金山衆が多様な小集団の集合体であったことを示している。

 鉱山の盛期は短く、元禄年間には黒川金山は消滅した。→ ranking
 
  
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2010年11月24日

ムロワ(Murowa)鉱山 ダイヤモンド産出

 ムロワ(Murowa)鉱山
 ジンバブエ中央部の都市ズビシャバネ(Zvishavane)近隣にあるダイヤモンド鉱山で2004年に操業した。→ ranking

 資源メジャーであるリオ・ティントRio Tinto)とジンバブエのRioZim(旧Rio Tinto Zimbabwe)のJVである
   Murowa Diamonds Private LimitedMDPL
が操業を行っている。

 Murowaダイヤモンド鉱山の2007年の年間ダイヤモンド生産量は権益100%ベースで
   14万5000カラット
という。→ ranking
 
   
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2010年11月15日

ポゴ(Pogo)鉱山

 ポゴ(Pogo)鉱山は米国・アラスカ州の都市
   フェアバンクス
の南東約145kmデルタ・ジャンクション(Delta Junction)から北東へ約60kmの位置にある金鉱山で2006年に生産を開始した。
 。

カナダの資源大手
   テック・リソーシズ

     (Teck Resources
と日本の住友金属鉱山住友商事の共同出資で生産を行っている。

 ポゴ金山の年間金生産量は約35万オンスという。
 テック・リソーシズは石炭の採掘などに経営を集中させるため、Pogo金鉱山の権益の住友金属鉱山への売却を2億4500万米ドルで売却した。
 
 住友鉱山にとって過半数の権益を持って自ら操業を手がける初の海外鉱山である
 
 
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2010年07月12日

生野銀山 世界に知られた銀山

生野銀山
 (いくのぎんざん)
 兵庫県朝来市(旧生野町)にある平安時代初期の大同2年(807年)の開坑と伝えられる銀山で戦国時代の天文11年(1542年)
   但馬国守護大名 山名祐豊
により、石見銀山から採掘・精錬技術を導入し、本格的な採掘が始まった。→ ranking
 
 織田信長豊臣秀吉徳川家康といった時の権力者が直轄領とし、佐渡金山石見銀山とともに重要な財源とした。(関連情報
 江戸時代に入ると生野奉行が置かれ、第三代将軍・家光の頃に最盛期を迎え、月産150貫(約562kg)の銀を産出した。
 宝永2年(1705年)には
   御所務山(ごしょむやま)
という最上級の鉱山に指定されている。
 ただ、慶安年間(1648年〜1652年)頃より銀産出が衰退し、享保元年(1716年)には生野奉行は生野代官と改称した。
 江戸中期には銀に換わり、銅や錫の産出が激増している。→ ranking

 明治元年(1868年)から日本の鉱業(鉱山・製鉱所)の近代化を確立するために政府直轄運営鉱山となり
  鉱山長 朝倉盛明
を筆頭として、フランス人技師長
  ジャン・フランシスク・コワニエ
らの助力を得て、先進技術を導入し模範鉱山として近代化が進められた。→ ranking

 明治22年(1889年)から宮内省所管の皇室財産となり、明治29年(1896年)に
  三菱合資会社
に払下げられ、国内有数の鉱山となった。
 
 昭和48年(1973年)3月22日、資源減少による鉱石の品質の悪化、坑道延長が長くなり採掘コストが増加し、山ハネなどにより採掘が危険となったことから、閉山し、1200年の歴史に幕を閉じた。→ ranking
 
    
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2010年07月07日

産銅大手は、供給が制限される兆しが見られるとして警鐘

 世界景気への懸念を背景にロンドン金属取引所(LME)の先物市場では、銅相場が2011年末にかけて1トン当たり6519.50ドルを上回ることはないとの見通しが示され、銅投資のリターン(収益率)が過去9年で最低に落ち込んでいる。
 世界の産銅大手は、供給が制限される兆しが見られるとして警鐘を鳴らしている。→ ranking

これは現行水準をわずかに1.2%上回るものだが、ブルームバーグがアナリスト14人を対象に実施した調査では、13人が来年は銅供給が不足すると予想したという。

 ゴールドマン・サックス・グループは、相場下落が鉱山投資の抑制につながり
   将来の供給不足が深刻化
する可能性があるため、先物市場に反映されたトレーダーらの見方はあまりにも弱気だと指摘した。
 なお、同社は1年間の相場予想を8050ドルとしている。→ ranking

 LMEの来年の銅先物で最も高いのは8月に引き渡しとなる先物で6519.50ドル。現物は6439.75ドルとなっている。
 なお、今年1−6月(上期)の下落率12%は01年以降で最大だった。→ ranking 
 
   
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2010年07月01日

住友商事 ウジミナスから鉄鉱石権益を獲得

 住友商事は30日、ブラジルの鉄鋼大手ウジミナスから鉄鉱石権益を獲得することを明らかにした。→ ranking

 鉱業子会社で、同国内に鉄鉱石鉱山を保有する
   ミネラソン・ウジミナス
      (ベロオリゾンテ市)
の株式30%を、19.3億ドル(約1,720億円)で取得するというもの。
 新興国の需要増で高騰する鉄鉱石の調達先拡大などが狙いで、8月末までに契約する方針。→ ranking

 
  
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2010年05月01日

ギニアでの鉄鉱山開発の強化

 ブラジルの資源大手、ヴァーレは30日、アフリカ西岸のギニアで鉄鉱山を開発中の
   BSGリソーセズ・ギニア
に51%出資したと発表した。
 英領チャネル諸島に本社を置く親会社の
   BSGリソーセズ(BSGR)
から25億ドル(約2350億円)で取得したもの。
 2012年に操業を始め、15年には年産5000万トンとヴァーレの主力鉱山の一つとする方針としている。→ ranking

 に事業化が決まっている
   南シマンドウ鉱山
に加え
   北シマンドウ鉱山
の2つの鉱区で採算性などを検証するとしている。

 また、鉄鉱石の運搬ルートとして、ギニアと隣国リベリアを結ぶ660キロメートルの鉄道の近代化も進める。→ ranking

 ギニアは鉄鉱石の産地として有望視されているが、政情不安などで開発がこれまで遅れていた。
 なお、ギニアでは中国非鉄大手の中国アルミと英豪資源大手リオ・ティントも共同で鉄鉱山開発に乗り出しているという。→ ranking
 
   
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2010年03月08日

Tara鉱山 欧州最大の亜鉛鉱山

Tara鉱山
 アイルランド首都ダブリンからは北西に50km、Navan近隣にある欧州最大の亜鉛鉱山。→ ranking

 スウェーデンの資源大手ボリデンBoliden AB)が所有している。

 鉱床は1970年に発見され、1977年に生産が開始。1986年にフィンランドのオウトクンプOutokumpu)がTara鉱山の権益を取得した。
 その後、2004年に ボリデンがオウトクンプから取得している。

 Tara鉱山で生産された資源は選鉱過程を経て、ダブリン港からボリデンがノルウェーにあるOdda製錬所やフィンランドにある Kokkola製錬所などで精錬している。→ ranking

   
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2010年02月16日

Alumbrera鉱山 アルゼンチンで最大規模の生産量を持つ金・銅鉱山

Alumbrera鉱山
 アルゼンチンで最大規模の生産量を持つ金・銅鉱山
 アンデス山脈の標高2,600m、カタマルカ州の町Belen近隣に位置している。→ ranking

 カナダの産金大手ゴールドコープGoldcorp)、スイスの資源大手エクストラータXstrata)、カナダの産金企業ヤマナ・ゴールド(Yamana Gold)のJVであるMinera AlumbreraMAA)が操業を行っている。

 カタマルカ州営企業YMADより1994年に鉱業権を取得して開発を行っており、エクストラータはオーストラリアの
    MIM Holdings
を2003年に買収し、同社の所有していたAlumbrera鉱山の権益所有分を取得した。→ ranking

 ゴールドコープは2005年にカナダのWheaton River Mineralsを買収、ヤマナ・ゴールドは2007年にNorthern Orion Resourcesを買収することによってそれぞれAlumbrera鉱山の権益を取得している。

 Alumbrera鉱山から生産された資源は同鉱山南東部のサンタフェ州のRosario近隣にあるPuerto General San Martinまで鉄道で運ばれ、欧州や中東など世界各国へ向けて出荷される。→ ranking
    
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2010年02月13日

Lisheen鉱山 アイルランドの亜鉛等の鉱山

 
Lisheen鉱山

 
  
 アイルランド中央部のティペラリー州にある鉱山でシェブロンChevron)による地下探、地質モデリングデータなどによって鉱床のしぼり込が行われ、1990年の試錐調査で発見された。
 
 可採鉱量は、1,770万t、品位は、亜鉛13%、鉛2.2%で、99年の生産開始後、亜鉛16万t/y、鉛2.3万t/yの生産を行う予定である。
 

 英国の資源メジャーであるアングロ・アメリカンAnglo American)が欧州で唯一所有するベースメタル鉱山

 なお、鉛の製錬過程で副産物として銀も産出される。

  

 
     
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2010年02月12日

Cerro Vanguardia鉱山 アルゼンチンの金鉱山

Cerro Vanguardia鉱山
 サンタクルス州(アルゼンチン)のサン・ジュリアン(Puerto San Julian)港から北西の位置にある金鉱山

 南アフリカ共和国の産金大手アングロゴールド・アシャンティAngloGold Ashanti)と、サンタクルス州営企業のFormicruzとのJVにより開発し1998年に操業した。
 
 
 2007年のアングロゴールド・アシャンティの年間産金量は約20万オンスで同社の年間総産金量の約4%を占めている。

 
 
 
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2010年02月06日

バクー油田 アゼルバイジャン共和国にある油田

バクー油田
 現在のアゼルバイジャン共和国にある油田で、ノーベル商会関連情報)やロスチャイルド一族などのより開発が行われ1830年代から1930年代の100年間世界の石油産出量の90%を占めていた。
 その後も20世紀中には依然世界最大の産出量60%を占めていた。

 第二次世界大戦では独ソ戦中
   アドルフ・ヒトラー
のドイツ軍が、ソ連の戦争継続能力を奪い
   不足する自国の石油も確保
するためにバクー油田占領を目的として
   ブラウ作戦
を実行しソ連南部、カフカス地方へ侵攻した。

 ドイツ軍は1942年の夏には
   カフカス山脈の中央部まで進出
したものの兵站線が延びきり補給難から撤退した。
 また、ブラウ作戦自体もスターリングラードの戦いの敗北によって失敗した。

 ソ連崩壊後、独立国家共同体(CIS)に加盟せいているアゼルバイジャン政府はよりクリーンで効率的な石油採掘を目指している。
 その一環となるのが
   バクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン
                (BTCパイプライン)
である。
 
 
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2010年01月25日

別子銅山

別子銅山
 愛媛県新居浜市の山麓部にあった銅山
 1690年(元禄3年)に発見され、翌年から1973年(昭和48年)までに約280年間に70万トンを産出した。→ ranking

 一貫して住友家が経営し(閉山時は住友金属鉱山)、関連事業を興すことで発展を続け、住友が日本を代表する巨大財閥となる礎となった。
 
 大坂屋久左衛門経営の
   伊予国立川銅山
で働いていた切場長兵衛が立川銅山に隣接する足谷山(別子)にも銅鉱が連鎖しているのを見て、備中の吉岡鉱山に住友の
   田向重右衛門
を訪ねこの見込みを話した。
 田向は部下とともに長兵衛を案内人に、大坂屋に気づかれないように天満村から険しい山中を踏み越えて1690年(元禄3年)に足谷山に入り、大鉱脈が横たわることを確認した。
 1691年(元禄4年)4月に住友家は開坑を願い出たところ、条件付で許可された。
 永代請負となったのは1702年(元禄15年)3月であった。→ ranking

 江戸幕府の貨幣政策で丁銅不足に悩んでいたため勘定奉行の荻原重秀は元禄15年1月に住友友芳を呼び出し成績不良で1698年(元禄11年)に請負を辞退した
   吉岡鉱山の経営
を命じた。
 ただし、別子銅山と吉岡銅山に鉱業助成金10000両を貸すことや西国筋天領のうちから吉岡別子両従業員食糧用に米6000石払い下げ、べ閲し銅山の永代請負などの条件付により引き受けた。→ ranking
 
   
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アルンガス田 arun gas field

アルンガス田
(arun gas field)関連地図
 北スマトラ・アチェ州(インドネシア)にあり、1971年Mobil社により発見された東南アジアでは最大級の陸上ガス田。→ ranking

 深度 3,000〜4,000m にある貯留層は一枚の厚い石灰岩層であり、幅 5km 、長さ 20km に広がり、面積は約85平方キロ、層厚は平均150m 、最大で 370mあり、孔隙率約 16 %で、埋蔵量は約 17Tcf(約4,800億 ㎥)といわれている。

 このガス田の特徴は炭酸ガスの含有率が約15%と高いため生産開始直後には炭素鋼製のウェル・ヘッド部や配管などに激しい炭酸腐食トラブルを起こした。
 また、ガス中に水銀が 150μg, Nm3 含まれているため、後述の液化基地には水銀除去設備が設けられている。

 ガス生産は 8坑のガス井を一つの基地から傾斜掘りし、そこに独立した生産設備ユニット(生産井、プロセス設備、ユーティリティ設備により構成)を設けるクラスター方式で行っている。→ ranking

 LNG は全量を日本に輸出しており、1982年末までの累計生産量は約 18百万トンである。
 またコンデンセート生産量は 1983年で平均約 80,000b/d である。ガスは LNG 以外にアンモニア・尿素製造の原・燃料としても利用されており、将来は分離したエタンを原料としてエチレン・コンビナートも計画されている。→ ranking
 
     
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2009年11月30日

ヒマラヤ・カラコルムのルビー産地

 ヒマラヤからカラコルム、ヒンズークシュ、パミールと連なる山岳地帯には太古にインド大陸がアジア大陸に衝突して北に押し上げて、形成されことにより内部から噴出するガスに圧力や熱が加わり地表面で冷えて形成されたルビーやサファイアの鉱床が存在していますが、治安状態が安定していない
   アフガニスタンやネパール
と産出地域が一致するため開発が遅れています。→ ranking
 この造山運動は現在も続いており、これら山脈は今でも成長しています。 
 
 大きな流れの中で宝石類は生成されるといえます。
 ただ、日本のように地質が複雑な火山地帯では地下に宝石の原料と呼べるものはあるものの地上に出る前に熱でガス化しても圧力が加わることなく消滅するため、産出されないとも言われています。→ ranking
 
   
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2009年11月29日

タイとカンボジアのルビーとサファイア (その2)

 タイやカンボジアは1850年にルビーとサファイアの鉱床が発見されて以来、19世紀後半から世界のルビーとサファイアの重要な供給地になりました。→ ranking
 
 タイのルビーはビルマと比べると
   鉄分が多いため多少紫
がかかって見えるため、市場ではビルマの深紅のルビーが高く評価されています。
 このためカラット当たりの単価はビルマ産の半分程度で取引され品質ではビルマより低いものでした。

 ビルマ国軍を率いる総司令官ネ・ウィンが1962年、軍事クーデターによってビルマの全権を掌握、翌1963年には
   ビルマ社会主義計画党(BSPP)
を結成して以降、1988年まで独裁体制を強化したことで国営化された鉱山からの産出が激減したため、現在ではタイが最も重要なルビーの産地となっています。→ ranking
 
 
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2009年11月28日

タイとカンボジアのルビーとサファイア

 タイとカンボジアは
    稀少なルビーの産地
として有名で生産量では世界の70%を占めています。→ ranking

 タイとカンボジアのルビーとサファイアはアルカリ玄武岩の地層に属し、風化した漂砂鉱床に含まれる原石を、地表の土砂を3〜10m取り除いた地層ところから採取されます。
 原石の品質も両国産の原石は同じ流通ルートを使って集められ、タイの業者がほぼ全数を扱っており、カンボジアのルビーもタイ産として市場で扱われています。
 なお、ルビーとサファイアとはタイの華僑コネクションが独占しています。→ ranking
 
 
 
  
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2009年11月27日

ネパールのルビー

 ヒマラヤの山岳国家ネパールでは1934年に
   トルマリンとアクアマリン
が発見されました。→ ranking
 続いてその他の緑柱石、柘榴石、水晶,スピネル、ダンブリ石、燐灰石,ジルコン等の宝石が採掘されるようになりました。
 羊飼いが1981年にガネシュ・ヒマラヤの標高4000m付近で
   ルビー
の原石を発見しました。→ ranking
  
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2009年11月26日

アフガニスタンのルビー

 バダフシャン地方(アフガニスタン)アムダリヤ河の上流、コクチャ川を遡った峡谷付近一帯にある
  ラピスラズリ鉱山
は6500年前から採掘され、シュメールやエジプト時代の彫刻等に使われたラピスラズリなど世界の博物館などで見ることが出来るものです。
 また、エメラルドもローマ時代から採掘されていました。→ ranking

 首都カブールの東60km程、標高1500〜2000mの地にある
   ジェグダレク(Jegdalek)
のルビー鉱山もバラス紅玉として流通し13世紀頃から採掘が続いています。
 ジェグダレクには約20の鉱山とその他無数の採掘場とがあり、採れる原石の内75%がピンクサファイア、15%がルビー、5%が2色、5%がサファイアという比率になっています。→ ranking
 
    
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2009年11月25日

尾去沢鉱山 奥州藤原三代の繁栄に大きく貢献した金鉱山

 平安時代後期に奥州藤原三代の繁栄に大きく貢献した
   尾去沢鉱山
は伝説では和銅元(708)に発見されたと言われています。
 秋田県鹿角市にあった鉱山で銅や金を生産した。→ ranking

 戦国時代がほぼ終わった慶長3年(1598年)南部藩士
   北 十左衛門
が白根(小真木)金山を発見した。
 続いて五十枚金山(尾去沢)西道金山(尾去沢)を開発しました。
 金が枯渇してきた1695年(元禄8年)には銅鉱が発見され、別子銅山、阿仁銅山とならび、日本の主力銅山の一つとなった。

1889年(明治22年)に岩崎家、1893年(明治26年)に三菱合資会社の経営することとなり、近代化が図られた銅鉱脈が次々見つかり順次開発が進みました。
 
 なお、銅資源の枯渇と価格低迷により昭和53年(1978年)閉山しました。
 鉱山歴史の坑道(みち)は、尾去沢鉱山の800kmにおよぶ坑道のうち、1.7kmを整備して造られた世界的な規模の観覧施設で砂金採取体験ゾーンなども完備しています。→ ranking
 
 なお、十左衛門は、鹿角の金山奉行として盛岡藩初期の豊かな財政作りに大いに貢献しましたが、慶長19年(1614)に藩内から姿を消し大阪冬の陣籠城の際、豊臣方の武将として現れ
   南部十左衛門
と名乗ったため、徳川方に味方していた盛岡藩二代藩主南部利直が将軍秀忠から詰問されています。
 なお、豊臣方の滅亡後に逃走したものの伊勢で捕らわれ利直によって新山川原で処刑されました。→ ranking
  
  
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