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2024年07月10日

エドワード・クロスビー・ジョンソン2世(Edward Crosby Johnson II)多国籍資産運用会社 フィデリティ・インベストメンツの創業者

エドワード・クロスビー・ジョンソン2世
         (Edward Crosby Johnson II)
   1898年1月19日 - 1984年4月2日
 多国籍資産運用会社で米国最大級の金融会社の1つ
を設立した米国の実業家、弁護士である。
 
 ボストンの支配階級、門閥でもあるジョンソン氏は、バックベイのビーコン通りにあるタウンハウスで、大手乾物商
の共同経営者サミュエル・ジョンソンとジョセフィン(フォーブッシュ)・ジョンソンの息子としてエドワード・クロスビー・ジョンソン2世として生まれた。
 ジョンソン家はニューイングランドのピューリタンを祖先持つ一族で米国エスタブリッシュメントである。
 1916年にミルトンアカデミー、 1920年にハーバード大学、 1924年にハーバード法科大学院を卒業した。 
 1917年8月から1918年7月まで、ジョンソンは第一次世界大戦中に米海軍予備隊の二等無線通信士として入隊した。
 しかし、彼の軍務については矛盾した記録がある。
 
 ハーバード大学ロースクール卒業後、ジョンソンはボストンの法律事務所
   ロープス・グレイ・ボイデン・アンド・パーキンス
のアソシエイトになった。
 また、1924年には株式市場の調査にも携わるようになった。

 1930年5月、ジョン・C・ハルから「フィデリティ・ファンド」設立の許可を受け、社長、副社長、財務担当役員を務めた。
 1946年、ジョンソンはフィデリティ・マネジメント・アンド・リサーチを設立し、会長を務めた。
 1958年までに、ジョンソンは
   フィデリティ・ファンド
の3億5,700万ドルと新たに設立した
   ピューリタン・ファンド
の5,900万ドルを合わせ、4億ドル以上を運用した。
 1969年から、ジョンソンはフィデリティ・マネジメント・アンド・リサーチの取締役会長に就任した。
 
 マサチューセッツ州カタウメットでアルツハイマー病のため亡くなった。

     
posted by まねきねこ at 17:00| 愛知 ☁| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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