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2024年02月20日

シアーズ(Sears ) イリノイ州に本部がある百貨店で、シアーズ・ローバック(Sears, Roebuck and Company )によって事業展開され、カタログによる通信販売で知られていた。

シアーズ(Sears )
 米国イリノイ州に本部がある百貨店で、かつて
   シアーズ・ローバック(Sears, Roebuck and Company )
によって事業展開され、カタログによる通信販売で知られた。
 また、衣料など日用生活品以外に工具、カー用品などDIY用品のプライベートブランドを持つ。

 2005年に同業のKmartと合併し、2005年から2019年までは
   シアーズ・ホールディングス
の傘下にあったが、その後、エディー・ランパート(Eddie Lampert)が経営する非公開企業
   Transformco(Transform Holdco LLC)
の所有になった。
 
 シアーズはアメリカ合衆国、カナダ、メキシコで百貨店(またはGMS業態)を運営している流通業で傘下にはランズエンドなどの通信販売やその他の専門店も所有している。
 またシアーズで販売する商品のため多くのプライベートブランドを展開してきた。
 ブルーミングデールズ、ニーマン・マーカス、ノードストローム、サックス・フィフス・アベニューなどの高級店と違ってシアーズは廉価量販を旨とし、店舗も郊外にあり、いわゆるGMS。
 営業形態としてはイオンやイトーヨーカドーなど、日本でいう大手スーパーのそれに近い形態。

 1863年、ミネソタ州スチュワートビルの裕福な家庭に生まれた
がミネソタ州レッドウッド・フォールズで駅員を務めるようになった。
 1886年、シカゴの宝石商から地元の
   レッドウッド・フォールズ
の卸売業者に腕時計が送られてきたが、これは誤送付であったため、この卸売業者は腕時計の買取を拒否した。
 シアーズは自腹でこの腕時計を買い取ったのち、他の駅員にこの腕時計を儲けがでる程度の低価格で販売した。
 これを機にシアーズは
   R.W. Sears Watch Company
を設立して通信販売に乗り出した。
 同年、シアーズは時計修理工
   アルヴァー・カーティス・ローバック
と出会い、ビジネスパートナーとなった。

 翌1887年にはシアーズとローバックはシカゴに拠点を移し、腕時計、ダイヤモンド、宝石の通信販売カタログを出版する通信販売業を始めた。
 この通信販売は成功し、1889年には100,000ドル(2021年の物価換算で3億ドル相当)を売り上げた。

 1893年イリノイ州シカゴに「シアーズ・ローバック」(Sears, Roebuck and Company )を設立した。
 19世紀末から20世紀初頭の米国経済は農業が中心で、広大な国土に多くの農民が生活していた。
 しかし、交通手段は主に鉄道や馬・馬車であり、消費者は手間をかけて都市まで行くか、個人商店、行商人から高い値段で商品を買うしかなかった。
 ここに着目したシアーズは、カタログを郵送して、一括仕入れで安価に商品を提供するダイレクトマーケティングを推し進めて成功した。
 初期のカタログにはやや誇大な宣伝文句とともに「満足していただけなければ返金いたします」といった良心的で誠実な保証がついていた。
 なお、この「満足保証」は後年まで続いた。

 シアーズのカタログは「消費者の聖書」と呼ばれ、大量に頒布されるカタログは農村で子供の絵本や学習帳の代用に用いられた。
 最後にはトイレットペーパー代わりに使われるほど身近に親しまれていた。

 また1908年から1940年の間に組立式住宅「シアーズ・モダン・ホーム」を販売、10万棟以上が出荷され、庶民に近代的な住宅を提供した。
 1908年から1912年には自社ブランドの自動車もカタログ販売した。

 シアーズの自動車は他社のコピーではなく、操作が簡単であることを売りにしていた。
 そのほとんどは2人乗りの軽快な自動車だった。
 また、自動車本体の販売撤退後もパーツやアクセサリーの販売はもちろん、メンテナンス・サービス業務を引き続きおこなった。

 1925年以降、シアーズ・ローバックは人口の都市への流入とモータリゼーションの到来を予見して、都市の郊外に広い駐車場を備えたデパートを開店させた。

 第二次世界大戦以降はショッピングセンターの中心店舗として全米の都市に出店した。
 また自社の顧客を対象とした保険業、金融業、不動産業などに進出した。
 1931年には自動車保険業オールステートを開始した。
 オールステートブランドは自動車アクセサリー販売チェーンとなり、また自動車販売にも利用された。

 1951年に自動車販売を復活させ、1952年モデルとしてカイザー=フレーザー製ヘンリーJをオールステートブランドで販売した。
 1985年にディスカバー・クレジットカードを開始した。

 シアーズは1980年代初頭まで全米第1位の小売業者であった。
 ただ、企業の巨大化で組織の硬直化し、社内の官僚主義の蔓延といった弊害となって現れた。
 シアーズの「毎日安売り(エブリデー・ロープライセズ)」戦略は、定期的に在庫一掃を行わないメリハリのなさが顧客離れにつながった。
 後に台頭してきたウォルマートは、エブリデー・ロープライセズを無在庫経営に活かして成功した。

 1973年、シカゴに本社ビル「シアーズ・タワー」(現ウィリス・タワー)を建設、当時世界一の高さを誇った。
 シカゴ市の中心部という立地条件が流通業の本部として使用勝手が悪く、その後の経営不振もあってビルを手放した。

 1990年代、当時の会長アーサー・マルティネスの元でシアーズ・ローバックは経営の再建を進め、長年親しまれた通信販売事業を縮小し、最終的に2000年に全廃した。 

 Kmart(K mart ) は1899年、ミシガン州デトロイトで
   セバスチャン・S・クレスゲ
によって創業された老舗のチェーンストアであるが、陳腐化した店舗の更新に失敗したことなどが原因で2002年に破産した。
 会社更生手続によって生まれた新会社Kマートホールデングス(K mart Holdings Corporation )は投資家
   エドワード・ランバート
の下で積極策をとり、2004年、同業のシアーズ・ローバックに対して買収の意向を表明した。
 業界10位の会社が5位のシアーズを買収する試みは大きく話題となった。

 2005年、両社は合併し、持株会社の名称をシアーズ・ホールディングスとした(NASDAQ: SHLD)。
 買収した側のKマートがシアーズを名乗るようになった。
 名門シアーズのブランドイメージを利用したい意図があったとみられ、現に2006年からKmart店のシアーズ店への衣替えの動きがみられる。このため流通業界ではシアーズ・ホールディングスを「Kシアーズ」と呼んだ。
 これにより、Kmartとシアーズ・ローバックは事業子会社となり、ウォルマート、ホームデポに次ぐ全米第3位の小売業者が誕生した。

 2018年10月15日、連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。
 アマゾン・ドット・コムなどネット通販の台頭で来店客数が減少し、業績が悪化していた。
 破産申請で裁判所の管理下に入り、負債削減やリストラに取り組みながら事業継続の道を探った。
 一部店舗では、年末商戦に営業を続けた。

 シアーズは全米で百貨店「シアーズ」とディスカウントストア「Kマート」を現在約700店を運営している。
 かつてシアーズはウォルマートと並んで米国を代表する小売りチェーンだった。
 その後、ネット通販の広がりや激安店の増加で、経営不振に陥った。
 ここ数年、店舗閉鎖や人員削減を進めたが、17年度まで7年連続で最終赤字を計上していた。

     
posted by まねきねこ at 07:25| 愛知 ☁| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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