ルドルフ・ウィリアム・ルイス・ジュリアーニ3世
(Rudolph William Louis "Rudy" Giuliani III)
(1944年5月28日 - )
(Rudolph William Louis "Rudy" Giuliani III)
(1944年5月28日 - )
ニューヨーク市長選挙に立候補し1993年に市長となったジュリアーニは治安の回復のため、警官を大幅に増やし、犯罪組織の温床となる収入源
セックスビジネスの撲滅作戦
に乗り出すなど様々な手法を駆使してニューヨークの安全化に務めた。
また、汚職警官を次々と告発・追放するなど、犯罪組織化していた警官の規律を正した。
日本の交番制度を導入して各辻には警官が立つようになり、ハーレムの名物や出店も一掃された。
また、風紀を正すため、オンボロで所々で火を噴いていたタクシーは新型車両に交換するようにしている。
こうした権力的な支配の強化により、犯罪率を半減させることに成功し、全国水準より低く抑えた。
これにより、目標は一般には達成されたと評価され、ニューヨーク市は全米でも最も安全な大都市となった。
ニューヨーク市を浄化した市長として名声を博し、ギネスブックにおいても「最も多く犯罪率を削減させた市長」としてノミネートされている。
ただ、人事評価として「検挙率の向上」が市警においては重要な課題となり、特にマイノリティ層を中心として市民的権利が警察により時に侵害されたとの批判も多く見られた。
事例として白人警察官らが武器を携帯していなかったアフリカ系移民の
アマドゥ・ディアロ
を指名手配犯と誤認し、41発もの弾丸を撃ち込み嬲り殺しにした事件で、市警の暴力や人種差別に対して聖職者や芸能界などの著名人も参加する大規模な抗議デモに発展している。
その強権的な手法に批判的な市民や人権団体などから、名前のルドルフとかけて
「ジュリアーニはアドルフ・ヒトラーだ」
と指摘され、イタリア系人のジュリアーニの苗字をファシズム理論を構築した独裁者ベニート・ムッソリーニに絡めて「マンハッタンのムッソリーニ」などの声が上がったこともある。
ジュリアーニがニューヨーク市の治安回復と共に力を入れたのは、不動産業者等が保有する資産価値の向上が目的とも見られ、中心部の再開発であった。

