蒲 寿庚(ほ じゅこう)
生没年不詳
中国南宋末から元初期のアラブ系イスラム教徒の商人、軍人、政治家
元代の「色目人官僚」の嚆矢ともいえる人物。
南宋時代泉州において貿易商として財を成し、地域の有力者として頭角を表した。
南宋時代泉州において貿易商として財を成し、地域の有力者として頭角を表した。
朝廷にその実力を認められ、招撫使に任じられ福建水軍の司令官となる。
1276年南宋末期の動乱時、端宗を奉じた宰相
陳宜中
らを中心とする南宋首脳部は蒲寿庚の財力、軍事力を頼り、福州から泉州への遷都を計画したものの、利を考えて元に寝返ったうえ南宋に叛旗を翻した。
投降の際、泉州城内の宋の皇族を処刑し、元に忠誠を誓った。
騎馬民族である元の軍隊は水戦を苦手としていた。
水軍の司令官でもあった蒲寿庚の投降により元軍に置ける水軍勢力を強化し、南宋の亡命政府を克Rに追い詰めて滅ぼした(崖山の戦い)。