舎利弗(しゃりほつ )
釈迦の十大弟子の一人。
古代インドにおける十六大国の一つでナンダ朝のもとでガンジス川流域の諸王国を平定し、マウリヤ朝のもとでインド初の統一帝国を築いた
マガダ国
の王舎城(ラージャガハ)北にある那羅陀(ナーラダ)村出身でインドの司祭である裕福なバラモン(婆羅門)の家に生まれた。
幼名は優波帝沙(ウパティッサ)で 隣村の目連と親友の仲であった。
目連とともに、当初はジャイナ教の仙人
サンジャヤ・ベーラッティプッタ
に師事した。
その後、釈迦の弟子のアッサジ(阿説示)比丘と出会い、アッサジを通じて釈迦の教えを聞きm預流果(悟りの最初の段階)に達したと伝えられている。
目連らサンジャヤ仙人の他の信徒250人らを引き連れてサンジャヤ教団を離れ釈迦に弟子入りした。
舎利弗はその後すぐに最高の悟りを得たため釈迦の信任も厚く、時には釈迦に代わって法を説くこともあったという。
釈迦の実子である羅ご羅の後見人にもなった。
釈迦よりも年長とされ、目連と共に仏教教団の後継者と目されていた。
しかし、釈迦の入滅に先んじて病没してしまった。
目連が竹林外道(執杖梵士)によって迫害されて瀕死の状態になった。
これを見て、「一緒に出家し、また仏弟子となり証悟したので、一緒に滅そう」と言ったともいわれている。