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2016年03月30日

神泉苑(しんせんえん) 龍パワーのお寺


 神泉苑しんせんえん

 京都市中京区にある東寺真言宗の寺院
 本尊は聖観音・不動明王・弘法大師です。

 二条城の南に位置しており、元は平安京大内裏に接して造営された天皇のための庭園「禁苑」であった。

 境内に「大歳神:歳徳神(さいとくじん)」を祀っているが毎年大晦日の晩に恵方に祠の向きを変える点が他の神社仏閣と異なっている。
 
 
 延暦13年(794年)の平安京遷都とほぼ同時期に、当時の大内裏の南に接する地に造営された禁苑で、当初の敷地は二条通から三条通まで、南北約500メートル、東西約240メートルに及ぶ、池を中心とした大庭園であった。

 『日本紀略』の記事に初めてその名が見られ、延暦19年7月19日(800年8月12日)、桓武天皇が行幸したという内容であった。

 『日本後紀』には、嵯峨天皇が弘仁3年(812年)に神泉苑にて「花宴の節(せち)」を催したとあり、これが記録に残る花見の初出と考えられている。

 
 季節を問わずまたどんな日照りの年にも涸れることのない神泉苑の池には
   善女竜王
と呼ばれる竜神が住むといわれ、天長元年(824年)に西寺の守敏と東寺の空海が祈雨の法を競い、空海が勝ったことから以後東寺の支配下に入るようになったという。

 
 中世以降は荒廃し、慶長8年(1603年)、徳川家康が二条城を造営した。

 この時には神泉苑の敷地の大部分が城内に取り込まれて著しく規模を縮小した。
 また、神泉苑の水源も城の堀の水源の一つとして奪われた。

 天明8年(1783年)の天明の大火で、堂塔社殿を焼失した。



    
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posted by まねきねこ at 19:33| 愛知 ☁| Comment(0) | 社寺仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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