川原神社(かはらじんじゃ)
式内社で建立は定かではないが、平安時代中期(935年)に編纂された格式『延喜式』に尾張国川原神社と記されている。
典型的な国つ神系の神社として太古より山崎川沿いに開発された集落のために鎮守の任を担った
日の神
埴山姫神(土の神)
罔象女神(水の神)
防火鎮火の神
が祀られている。
境内の池には弁財天が祀られていることから「川名の弁天さま」と信仰を集めています。
昔このあたりが入り組んだ海岸線の入り江だったためと言われ大正時代には小舟が見つかっている。
社殿は第二次世界大戦で焼失、その後、再建されたが1992年に再び不慮の火災で焼失した。
慶長六年(1601)に徳川家康の四男
松平忠吉
が、神領二十石を寄進している。
また、寛文四年(1664)には徳川光友(尾張藩2代目藩主)が豊作を祈願している。
地元ではしばしば『さんぱち』と呼ばれる朝市が毎月3と8のつく日に開かれ、大勢の人でにぎわっている。
境内は木々に囲まれ、クスノキやアラカシなどの保存樹も数多く存在する。
境内には「弁天池」と呼ばれる池があり、弁才天が祀られていたが神仏分離で近くの曹洞宗太平寺へ遷された。
この池はカメがたくさんいることでも知られ、江戸時代にかかれた、『尾張名所図会』にもたくさんのカメが描かれている。
2003年に崩壊した石垣の修復作業の際、水を抜いたところ357匹ものカメが生息していた。
ただ、近年はミドリガメが目立ち問題となっていたが多くは駆除され、在来種のニホンイシガメ、クサガメなどが主となっている。
ご祭神
*市杵嶋姫命(
九州の海洋神で、船の安全を守る神様である宗像三女神の一柱で後に弁財天と同一視されている。
イチキシマヒメという名前は「厳島神社」の「イツク」と同様に、元々は「神聖な」という意味の「斎く(イツク)」ともいわれる。
*日神(ひのかみ)・埴山姫神(はにやまひめのかみ)・罔象女神(みつはのめのかみ)
(創建由来)
不詳。
場所 名古屋市昭和区川名本町4-4
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