青衾神社(あをふすまじんじゃ)
平安時代中期(935年)に編纂された格式『延喜式』に「尾張国青衾神社」と記載され、熱田神宮と並んで式内社に列せられている古社。
また、尾張藩士の天野信景が宝永4年(1707年)に著した「本国神名帳集説」(尾張国の神社名簿)には「正二位青衾名神」と記載され、海蔵門(かつて熱田神宮の境内にあった)の外にあった青衾祠は、この社の遙拝所(ようはいじょ)という。
なお、境内に末社の新氷上祠がある。
祭神は天道日女命だが、『尾張名所図会』では祭神について触れていない。
中秋の名月の日を祭日として、青衾神社祭がとり行われている。
ご祭神
*天道日女命(あまのみちひめのみこと)
尾張氏の祖とされる天香語山命(あまのかごやまのみこと)の父
火明命(あまのほあかりのみこと)
の妃で、高倉下命の母が祭神となっている。創建由来
創建の詳細は不明。
青衾神社は、熱田神宮の境内の外に営まれる境外社のひとつ。
熱田神宮は本宮をも含めると、境内と境外あわせて45社に及ぶ。
境外社は16社あるが、当社はその1社となっており、16社の中に、延喜式神名帳には
高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)
氷上姉子神社(ひかみあねこじんじゃ)
青衾神社(あおふすまじんじゃ)
の3社が式内社として含まれている。
青衾神社は第2次大戦において米軍の空襲で昭和20年3月に焼失した。
昭和43年2月に再建されたたものの式内社に列せられた古社でありながら、住宅一件分(50坪ほど) の境内規模まで縮小している。
神社は南面しているところが大部分だが、当社は拝殿・本殿が東向きに造営されている。
もともとの本宮は現在地より北西に鎮座してといわれ、日本武尊の陵墓と伝えられる白鳥古墳や尾張氏の墓とされ東海地方最大の前方後円墳
断夫山古墳
が所在している。

