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2015年04月08日

宋銭(そうせん)


宋銭(そうせん

 中国の北宋(960年 - 1127年)と呼ばれる王朝の時代に鋳造された貨幣である銅銭のこと。
 北宋は趙匡胤が五代最後の後周から禅譲を受けて建てたとされている。
 (北宋は南宋に対する呼び名で国名としては宋という。)


 また、宋代には辺境部である四川・陝西から遼・西夏への銅の流出を防止するために、銅銭の所有・使用一切を禁じており、その代わりに鉄銭が強制的に流通させられたため、銅銭のほかに鉄銭も鋳造されていた。

 一般的には、圧倒的に多い銅銭のことを指して宋銭と呼んでいる。

 
   
  
 建国当初の宋通元宝にはじまり、歴代の改元のたびに、その年号をつけた新銭を鋳造した。


 太平通宝・淳化元宝・至道元宝咸平元宝景徳元宝祥符元宝といった銅銭が鋳造されている。

       
   ・ 宋銭いろいろ
 

 銅山の採掘と銅銭の鋳造は国家の経営により、鋳銭監・鋳銭院という役所で行われた。

 当初は、1個が1文(または1銭)の等価価値を持った通貨であり、これを小平銭(小銭)と称した。


 経済活動が活発化して宋朝の財政がインフレ状態に陥り財政が逼迫してくると、当5銭(5文銭)や当10銭(10文銭)という貨幣も鋳造されるようになった。


 主に流通したのは、小平銭と当2銭(または折2銭)であった。


 銭の単位は、1,000個で貫・緡または千と呼んだ。


 また96個の1文銭を銭通しに通してまとめても100文として通用させていた。
 これを「通し100文(短陌)」と呼んだ。

 さらに通し100文を10個、つまり960文を銭通しに通してまとめても1貫(通し一貫)として通用していた。

 建国当初の鋳造高は、年間70,000貫ほどであった。


 その後、製造設備を整えていったことで増鋳されて行き、神宗の治世時(1067年 - 1085年)には、6,000,000貫に達したという記録がある。


   
     
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posted by まねきねこ at 19:00| 愛知 🌁| Comment(0) | スタンプとコイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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