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2015年02月01日

トマ・ピケティ 「経済的不平等」の専門家

トマ・ピケティ(Thomas Piketty)
   1971年5月7日 生まれ
 フランスの首都パリの郊外、オー=ド=セーヌ県のクリシー出身の経済学者
 政治的にはミッテラン、オランドの2人の大統領、ジョスパンら計6人の首相を輩出した社会党に近い立場をとっている。

 パリの高等師範学校の出身で、歴史比較の観点からの研究を行って「経済的不平等」の専門家として名を挙げている。

 2002年にフランス最優秀若手経済学者賞 (Prix du meilleur jeune économiste de France) を受賞した。

 パリ経済学校 (École d'économie de Paris, EEP) 設立の中心人物であり、現在はその教授となっている。

 フランスにおける国立の高等教育および研究機関
   社会科学高等研究院 (EHESS)
の研究代表者でもある。
 両親は、裕福な家庭の出であったが1968年に行われたゼネスト(ゼネラル・ストライキ)を主体とする反体制運動「パリ五月革命」に関わり、労働運動の闘士として活動した。
 その後には南仏オード県で
   山羊を育てる生活
に入ったという。
 学校で優秀な生徒であったピケティは、バカロレアをC種で取得し、数学の準備講座を受講した。

 その後、18歳でパリの高等師範学校 (ENS)に進学、経済学への関心を深め
   ロジェ・ゲスネリ (Roger Guesnerie) 教授
を指導教員としてEHESS及びロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で学んだ。

 22歳で富の再分配の理論研究を博士論文として提出し、経済学の博士号を得た。

 「富の再分配の理論についての考察 (Essais sur la théorie de la redistribution des richesses)」と題されたこの論文はフランス経済学会 (l'Association française de sciences économiques) から1993年の最優秀論文賞を与えられた。
 
 1993年から1995年まで、ピケティはアメリカ合衆国の
   マサチューセッツ工科大学
で、助教授として教鞭をとった。
 1995年、フランス国立科学研究センター (CNRS) に移って研究に従事した。

 1997年6月のフランス国民議会総選挙では、選挙前の予想に反して社会党が第一党となり、共産党や緑の党などとともに左翼連合政権を設立していた。
 左翼政権下の2000年に、社会科学高等研究院 (EHESS)の研究代表者となった。

 2006年末から2007年にかけて、EHESS、高等師範学校、国立土木学校、 パリ大学、国立農学研究所(フランス語版) (INRA) とCNRSにより新設されるパリ経済学校の設立準備に3年間関与し、同校の初代代表となった。
 しかし、社会党から大統領選挙に立候補した
   セゴレーヌ・ロワイヤル
の選挙運動を支援するためとして、「ずっと前から決めていたことだ」と述べて、代表の任を離れた。
 なお、2007年以降は、同校の教授となっている。 


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posted by まねきねこ at 06:19| 愛知 ☀| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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