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2014年06月23日

N・M・ロスチャイルド&サンズ ロンドンの名門投資銀行


N・M・ロスチャイルド&サンズ
     N M Rothschild & Sons


 1811年にロスチャイルド家の
と息子の
によりロンドンに設立された名門投資銀行。

 世界屈指の企業向けの金融アドバイザーであり、現在、M&Aのアドバイザーとしては世界第7位、世界中に57の事業所が存在する。


 2010年、ナイジェル・ヒギンズがCEO(最高経営責任者)に就任し、200年以上続いた同族経営に幕を下ろした。



 18世紀後半から19世紀前半にかけて
はヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム9世と古銭という共通の趣味を通じて知り合った。

 その後、宮廷御用商人に任じられた。


 ヴィルヘルム9世はアメリカの
   独立戦争等
で莫大な資産を獲得し、マイアー・ロートシルトがこの資産を運用する担当になったことが今日のロスチャイルド財閥の始まりとなる。


 マイアー・ロートシルトの三男であるネイサン・メイアー・ロスチャイルドはイギリスに渡航し、マンチェスターで金融、繊維貿易の業務を始めた。


 その後、ロンドンへと移り、1811年に
   N・M・ロスチャイルド&サンズ
を立ち上げ、国債市場に介入し、現在のIMFのように数多くの国家の財政を安定させる役割を担っていった。


 1825年までには、N・M・ロスチャイルド&サンズはシティにおいての財政力は強大になり
   イングランド銀行(BOE)
の通貨発行権を手に入れ、流動性の悪化を防ぐ手段を得ている。




 なお、ロスチャイルドは1833年の奴隷制廃止法案の可決の為
   150万ポンド
を提供したにも関わらず、奴隷制そのものにも携わっていた。


 第一次世界大戦が欧州経済を破壊しロスチャイルド家の実力に変化が起こった。

 戦争の後、ロスチャイルド銀行はアドバイザー業務へと展開していった。


 ロンドン地下鉄を含む財政状態の悪い業務への融資を行い政策に影響を与える分野への進出を強めた。


 1938年、ナチス・ドイツはオーストリア併合等で、ウィーン・ロスチャイルド家の財産を没収した。


 ウィーンのロスチャイルド家の大半の家族はアメリカやイギリスに亡命した。
 なお、戦後もオーストリアに戻ることはなかった。


 ウィーンのロスチャイルド銀行は終焉を迎え資産は米英の金融機関等にシフトして活動を再開した。
 また、フランスの一族も第二次世界大戦の間、米国等各地へと拡散して莫大な利益を生み続けていった。


 終戦後、英仏ロスチャイルド家はロスチャイルド社として資産を統括して運営するようになり、拡散した資産を流動化させて利益を最大化するM&Aや資産管理が主力業務となった。

 1980年代には、欧州統合にともなう国営企業の民営化を促進させる風潮を強め、同社はその始まりから関与して有利な立場を確保し、世界30か国以上で重要な役割を果たすようになった。


 M&Aに携わり、1000件以上の事案で1兆ドルを超える資金を取り扱った。

 さらに、世界でも有名な大規模企業再編の助言を行い、為替等の変動も利用して利益を拡大していった。


 なお、同社は投資銀行業務をゴールドマン・サックスやJPモルガン、シティグループ、モルガン・スタンレーなどの他のロスチャイルド系巨大企業から、ラザード・フレールやグリーンヒルのような同社と同じ立場の企業と外形上の競り合いが見られる。


 別の視点から言えば、各国にある資産を為替の変動等を利用し巧妙に移動させているとも言えなくもない。






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posted by まねきねこ at 06:05| 愛知 ☁| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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