戦後、新橋や渋谷などの「闇市」にマーケットを設立し
「東京租界の帝王」
と呼ばれた人物。
新橋東口には「国際マーケット」を設けた。
なお、西口には松田組が仕切る「新生マーケット」があった。
その後、政界の黒幕のひとりとして君臨した。
湖南省の生まれで、元中国軍パイロットというふれ込みで戦後、占領軍の軍人として来日した。
国民党政府が発行した法幣を占領軍の関係者として手練手管で交換し、保有していた日本円を、旧円封鎖に伴う新円切り替えでさらに交換することで、濡れ手で粟の利益5000万円程度(現在の価値で50億円)を得た。
その金の中から新橋東口の4千坪という広大な土地を三井信託銀行から600万円ほどで購入し、上海にあった三角地菜場をモデルにマーケットを作った。
王の資金の元手は敗戦後の混乱に新円切り替えに伴う経済的空白を利用して利益を得たもので、占領軍の関係者としての立場を利用したもので税金なども支払っていない。
その後、銀座に東京租界とも言われる巨大クラブで地下に国際的な賭博場を兼ねた歓楽施設「マンダリン」を建てた。
千人超のホステスを集め、各人にテーブルを貸して商売をさせるナイトクラブだった。
なお、王は熱海沖の初島に国立のカジノをつくる野望を持っていたという。
競輪や競馬など、当時新たに編成された公営ギャンブルは公職追放された大陸帰りの旧官僚や軍人たちによって仕切られていた。
王の商売は、上海の租界での経験がベースとなっているともいわれている。
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