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2013年12月30日

ユダヤ系ギャングの勢力拡大の歴史 

 米国の成り立ちは欧州の気候変動や戦争の激化により生活が破綻した貧民が
   新天地での成功
を夢見て移り住むといった移民の歴史ものである。
 
 長い航海ののち上陸し
   劣悪な環境
で重労働をすることから始まり金を稼ぐことになる。
 移民社会では単身男性が圧倒的に多く、また、貧しい女性が多かった。
 
 男女の数が極端に男に偏っていることから売春が広がっていった。
 
 
 一般に言われるユダヤ人の売春婦が他の民族集団に比べて比率的に多かったわけではない。
 同じく貧しい境遇だったイタリア系に比べれば多かったともといわれている。
  
 
 当時、「白人奴隷取引(ホワイト・スレイヴリー)」が大きな問題となっていた。
 
 その業者の過半数がユダヤ人であり、その中心はNYであったという。
 結婚の約束を信じて東ヨーロッパからだまされて連れてこられ、到着するとすぐに売春宿に売り飛ばされた。
 
 もちろん、東欧系のユダヤ人は英語もろくに話せないので、外部に助けを求められず身柄を拘束され、いわゆる「囚人」となり、結局は売春婦になるといった事例が多かった。

 

 モーリス・フィッシュバーグ(Moritz Fishberg)は、1905年、東欧系のユダヤ人の間ではキリスト教では稀だった自殺がNYで増加しつつあり、ユダヤ人の自殺を多く聞いたと報告している。

マイケル・ゴードン(Michael Gordon) の
   金のないユダヤ人
には、生きるために売春をやらねばならなくなった東欧系ユダヤ人女性の悲劇的な事例が出てくる。
  
 
   
 
 
 多くの者が逆境に圧倒されて死を選び
   ガス自殺
という言葉がイーディッシュ語新聞のありふれた見出しになっていたという。
 
 
 米国化することで社会との関係が希薄となり
   移民世代の抑制心
を失った第二世代の中から犯罪に手を染めるものが激増していった。
 
 このユダヤ人ギャングたちは、イーストサイドの暗黒街から『貢ぎ物』を要求、泥棒、賭博師、売春宿の経営者から利益の分け前を徴収した。
 
 また、商店主からも『保護金』を要求した。
 
 食堂を開こうとすると、ギャングに『みかじめ料』を支払わねばならないことがあった。
  
 
 行商人は手押車で営業する権利に対して
   1ヶ月あたり1〜2ドルの割前金
を強制されたりした。
 
 また、ストライキが起こるとギャングは
   スト破りの暴漢
を派遣して企業から金をまきあげていった。

 
  
 
 ユダヤ系二世ギャングの世界を描いた映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は当時の世情を写し貧困からなりあがるギャングの姿を描き死で終結する太く短い人生を描いた作品でもある。
  

 民族集団の勢力争いでユダヤ人攻撃に反撃した者たちの一つが、ユダヤ人ギャングであり、米国でのユダヤ人迫害に対し、ユダヤ人たちは結束し
   ブナイ・ブリス
   アメリカ・ユダヤ人委員会
   アメリカ・ユダヤ人会議
などの民族防衛組織を作っていった。

 20世紀に入ると、NYのユダヤ系ギャングの勢いはロシアでのユダヤ人迫害(ポグロム)等などを逃れるため東欧から流入するユダヤ人の増加とともに急速に拡大した。

 米国で一番大きなスリ団の集団は腕も組織も行き届いたユダヤ系の親分で
   エイブ・グリーンタール
という。
 
 また、ユダヤ人のロジー・ハーツが経営する売春宿に、船から下りたばかりの移民の娘を連れこんで、米国での初仕事をやらせるのもユダヤ系ギャングの一団だった。

 
 1897年に小商人の息子として生まれたユダヤ人
   レプケ・ブックホルター
の主な稼ぎ場所は
   労働争議
で配下のガンマンたちを使って泥棒寄贈とも呼ばれた資本家のために
   スト破り
や対峙する労働組合のために
   機械の打ち壊し
をやっては、双方から報酬をせしめていた。

 1939年に殺人のかどで電気椅子に座ったとき、レプケ・ブックホルターの年間収入は1,000万ドルに達していたという。
 
 
 NYのさまざまな客商売から、脅迫して強請り取る
   保険金
もユダヤ系ギャングの大きな収入源だった。
 
 とくに、あやしげな商売をやっている者がこの保険金の支払いを拒否すると同時に、警察の手入れを受けていたという。


 1912年に起こったユダヤ人の賭博場経営者
   ハーマン・ローゼンソール殺害事件
で、この警察とユダヤ・ギャングの癒着が暴露された。
  
 
 初代ヘブライ大学総長でラビの
   ユダ・マグネス
を長とする「ユダヤ人自警団」が組織された。
 
 「ユダヤ人自警団」はユダヤ人の悪行に心を痛めていたドイツ系ユダヤ人
   ジェイコブ・ヘンリー・シフ
と、1910年に当選したばかりでまだ腐敗していなかったNY市長
   ウィリアム・ジァイ・ゲイナー
          (William Jay Gaynor)
が資金と組織訓練等の支援をした。
 
 
 
 ユダヤ人自警団は、暗黒街の魔窟を閉鎖したり
   ヨゼフ・ヨスキー・トブリンスキー
などのユダヤ系ギャングを逮捕したりした。

 トブリンスキーは、過去に“保険金”支払いを怠った馬車業者の馬290頭に、毒を食わせたという経歴の持ち主といわれる。
 
 しかし、このユダヤ人自警団の活動は焼け石に水でユダヤ系ギャングは暗黒街の一角に隠然たる勢力を保持し続けた。
   
 
  
 
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posted by まねきねこ at 17:22| 愛知 ☀| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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