ジョゼフ・アイウッパ(Joseph John Aiuppa)
1907年12月1日−1997年2月22日
シカゴのマフィア組織である
のボス。
ニックネーム"ドゥーヴズ"、"モーニング・ドゥーヴズ"、"オブライエン"
"ジョーイ・ドォーヴズ"
ニックネームは州を越えてナゲキバトを密輸したことで逮捕されたことに由来している。
なお、「Mourning Doves」とはナゲキバトのこと。
犯罪組織に関わるきっかけは不明。
ただ、1920年代には既にシカゴ・アウトフィットのメンバーとなっていた。
アイウッパはイリノイ州シセロにおいて
ブックメーカー
地下カジノ 等
のギャンブル稼業を仕切っており、その事業で稼いだ資金にモノを言わせて組織の上への階段を上り始めていった。
アイウッパはシカゴを単独支配する暗黒組織アウトフィットのボス
らに認められるようになり、組織のナンバー3、そしてナンバー2の座に上り詰めていった。
1975年6月19日、当時のボスであったジアンカーナが組織内部での対立からアウトフィットの幹部らの手により暗殺された。
この組織内でのボスの暗殺にアイウッパも加担していたという。
FBIによると、アイウッパがメキシコで成功していた賭博の利益をボスのジアンカーナが要求したため、拒絶したのでアイウッパが暗殺に加わったと見ている。
なお、ジアンカーナの死とほぼ同時期にジアンカーナの味方であった
も暗殺された。
なお、ジアンカーナが暗殺されたのは当時、CIAが立案したキューバの指導者
フィデル・カストロ
の暗殺計画に加担した。
ただ、秘密計画が失敗したため口封じの為にジアンカーナがCIAの手で始末されたとの見方もされている。
現在までそれを実証するような証拠は何も出ていない。
アイウッパは1986年にラスベガスのカジノから不正に利益を得ていたとして
懲役28年の有罪判決
を下された。
この判決の根拠となる証言をした報復としてアイウッパは1986年3月にラスベガスでのアイウッパの代理人
トニー・スピロトロ
の処刑を命じたとの噂が流れた。
アイウッパがカジノからの利益を掠めていたのを警察当局に察知されていた。
この情報漏れをアイウッパが知るところとなり、トニー・スピロトロが原因だからだと疑った。
スピロトロ自身は警察当局からかなりの件数に登る容疑を受け、さらに、ラスベガスでのふざけた振る舞いが組織の幹部らにとって目障りとなり悩みの種になっていた。
こうした問題の種を取り除く早急な対応がコミッションとして必要になっていた。
スピロトロは身を守るため、司法取引で犯罪行為の証言を行うことが予想され危険視されていた。
スピロトロと兄弟のマイケルは撲殺された。
その後に彼らの遺体はインディアナ州モロッコにあるアイウッパの広大な所有地からわずか6.4km離れた場所から発見された。
アイウッパは89歳で刑務所から出獄し、1997年2月22日、イリノイ州エルムハーストにあるエルムハースト病院にて老衰により死亡した。
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