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2013年12月20日

仲屋 乾通 臼杵の豪商

仲屋乾通
 戦国末期(16世紀中頃)、京堺や東アジアとの貿易で莫大な富を得た臼杵の豪商で仲屋宗悦の父
  
 
 江戸期編纂の『雉城雑誌』によれば
   華夷ノ商船(外国船)
の豊後府内への入港は大友氏の武威だけでなく、乾通の力によるものといわれている。

 江戸期編纂の『豊府紀聞』にも晩年の乾通についての記載があり、九州に中国の商船が着岸した際にこれを統括し、京堺その他の地域から集まった多くの商人も乾通を恐れて、彼が到着するまで値を定められなかったとしている。
 
 さらに両史料とも江戸期に至ってもなお、長崎での中国貿易では乾通の「遺秤」が用いられていると記しており、自身の秤による計量で商品の値段を決定するといった、いわば貿易統括権ともいえる権限を持つ豪商であったことがうかがえる。

 仲屋乾通は江戸期の編纂物にはみえるが、当該期の一級史料では存在を確認されていない。

 

 これらの記載内容から、仲屋乾通が来航する外国船と各地の商人との取引において、計量基準の標準化を進めていた大友氏の衡量制政策の一端を担っていた。
 

 なお、16世紀後半、銀が急速に普及するなかで九州各地の市町や港町には「計屋」と称する計量商人が生まれており、府内の遺構からも青銅製の天秤皿や分銅の錘が検出されていることから乾通もまた「計屋」としての性格を持ち、流通上で重要な地位を占めて富を蓄積していったとも考えられる。
  
 
 
 
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posted by まねきねこ at 00:00| 愛知 ☁| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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