当ブログ内の情報はあくまでも参考情報です。投資にあたっての判断は投資する人の自己責任でお願いします。
当ブログでは、一切の責任を負いませんでご了承下さい。

マーケット出来事貴金属とレアメタル宝石と宝飾品貴金属の取引方法貴金属取扱会社

2006年09月07日

アルフレッド・ミルナー その2 ボーア戦争

 
 日本が幕末から明治になる直前の1866年、南アフリカのオレンジ川の川原で一農夫がダイヤを発見した。
 
 こうした噂は瞬く間に広がり、同地域は
   ダイヤモンド
を求めて、欧州等から荒くれ者が一攫千金をもくろんで流入し、あちらこちらの地面を掘り返すなど沸きに沸いた開発ラッシュが引き起こされた。
 
 その過程で、ダイヤモンドよりも、相次いで金鉱が発見されていった。
 
  

 大英帝国の首相として、こうした激増する守銭奴の増加に対して穏健を装っていた
   ベンジャミン・ディスレリー
は次第に山師的な利権獲得を狙った動きに感化され、開発の競争が狂ったように荒れ狂う
   アフリカの地下資源
を奪おうとする時流の流れに乗る急進的な侵略者に衣替えしていった。
 
 
 さらにその植民地政策を受け継いだ英国の
   グラッドストーン首相
が、イングランド銀行(BOE 中央銀行)の
   グレンフェル総裁
と組んでオランダ人入植者が支配する南アフリカで第一次ボーア戦争を引き起こした。
 
 
   
 植民大臣ジョゼフ・チェンバレンはゴーシェン蔵相の秘書となって10年後にミルナーをケープ長官(南アの総督)に任命した。
 
 
 大英帝国が3C政策の最後の拠点ケープタウンを本格的に侵略する計画の初期段階でミルナーが特殊な軍団を南アフリカに組織した。
   
 なお、チェンバレンの前職はロイ銀行の重役として知られています。
 
 
 
 ミルナーは、ダイヤ王として知られるセシル・ローズから現地の状況を聞き、鉱山の開発事業に熱中し、労働者の不足を解消するため
   労働奴隷
の大量導入による開発を計画し、中国から労働者(クーリー)を買い入れて南アフリカに運んだ。
 

 ミルナーは一時帰国した際、リオ・ティントの重役会議に出て
   大いに貢献したという記録
が残こされている。
 
 
 このリオ・ティントは、原子力産業リオ・ティント・ジンクの前身となる資源開発企業である。
 
 
 密命を帯びて南アに戻ったミルナーは、計画の通りボーア人との
   政治交渉を突然決裂
させ、悲惨な第二次ボーア戦争を仕掛けた。
 ボーア人を殲滅して土地を奪い取るためインド人傭兵を大量に送り込んだ。
  
 
 イギリスの目論見は外れ
   ボーア人の雑兵
は資産を奪いに来た英国人に対する激しい抵抗を展開した。
  
 
 自らの土地を死守するための死闘が繰り広げられ、抵抗の気力を削ぐために実施した婦女子を巻き込む
   イギリス人の蛮行
がアフリカ南部を強く揺るがしながら大戦争に突き進んでいった。
 

 ダイヤと金の鉱山の所有権を掌中に握る絶好のチャンスと読んたミルナーは、南アフリカに鉄道を敷いて流通網を確保し、戦略的な兵站線を強化しながら領土を拡張していく
   大々的な侵略プラン
を完遂するための戦後処理にとりかかった。
 
 
 オックスフォード大学を訪れ計画を緻密に実行する部隊
    ミルナーズ・キンダーガルテ
        (ミルナーの幼稚園)
と呼ばれる軍団を組織した。
  

 選ばれた精鋭には、ジョージ・ジェフリー・ドーソン ウィリアム・ライオネル・ヒチェンズ リチャード・フィータム フィリップ・ヘンリー・カー ライオネル・ジョージ・カーティス パトリック・ダンカン ジョン・バカン ロバート・ヘンリー・ブランド ジョージ・ジェフリー・ドーソンなどがいた。

 
   
 
  
          ↓ 参考になったらクリックお願いします。
  
     人気ブログランキングへ
  
 

 

 

 

 

歴史上の人物に関連する記事

   

 ■ ウィリアム・ジョセフ・"ワイルド・ビル"・ドノバン 「アメリカ情報機関の父」
   
 ■ 後藤四郎兵衛家 京都の三長者
  
 ■ ハリー・パークス 明治政府を陰で支え英国の権益を日本国内で広めた外交官
 

 

 

 

    

 最近の経済関連記事
 
 ■ 中国の銅需要は維持
 ■ 南米での旱魃の影響から穀物市場は高騰
 ■ 食品価格の上昇が社会不安や飢饉を生み出す
 
 
  
 
 


 
 



見えない宇宙

 宇宙のダークマターとダークエネルギーを追い求める冒険の物語。




ポアンカレ予想を解いた数学者

 
 ポアンカレ予想は、位相幾何学で「単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相」という。ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンが、大筋の肯定的証明を与えた。




ガイコク人ニッポン体験記

 
 日本人の何気ない行動やありふれた日常生活が、ガイコク人に巻き起こす笑いと涙の椿事の数々

 
 
 
 
posted by まねきねこ at 05:14| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

 

[Most Recent Quotes from www.kitco.com]