アルフレッド・ミルナー(Alfred Milner)
1854年5月23日−1925年5月13日
ダルムシュタット(ヘッセン州 ドイツ)で1854年に生まれた
自称 イギリス人
として英国植民地として権益を広げていた南アフリカで活動した植民地政治家のひとり。
なお、祖母は英国人と結婚していた。
当時、英国はスペインやポルトガル、オランダ等が大航海時代から支配していた
植民地の獲得競争
を画策して、軍事力の弱い旧来の宗主国が保有する既存の権益を奪うため、産業革命による工業力の増強で
武器などの装備
の生産量を高めたうえ、武力を用いて競り勝つことができた。
英国は軍備力の増強により支配地域を拡大する腕力が備わり、戦争を仕掛けて植民地を広げることに成功した。
英国は支配地域の拡大と支配権の強化のため
Round Table(円卓会議)
と呼ばれる情報組織を設け
エスノグラフィ
といった手法で植民地内の情報収集と相手側となる民衆の反乱を抑える活動を高めた。
ミルナーはセシル・ローズの死後、英国ロスチャイルド家の当主
の支援を受けて、アフリカ等におけるローズの作り上げた財産を管理するようになった。
ミルナーはヨーロッパを流転した後、ロンドンでオックスフォード大学に入り、後年有名となった経済学者
アーノルド・トインビー
と親交を深め、モーニング・スター紙などの主筆
ジョン・モーレー
のもとでジャーナリズムの修行に励んだ。
(なお、同姓同名の有名な歴史学者であるアーノルド・トインビーは甥にあたる。)
トインビーはイギリス外務省の
情報部や調査部
で幹部を務め、後年
イアン・フレミング
(著作 007シリーズ)
たちに直接指令を与えてきた人物としても知られている。
日本が幕末から明治になる直前の1866年、南アフリカのオレンジ川の川原で一農夫がダイヤを発見した。
こうした噂は瞬く間に広がり、同地域は
ダイヤモンド
を求めて、欧州等から荒くれ者が一攫千金をもくろんで流入し、あちらこちらの地面を掘り返すなど沸きに沸いた開発ラッシュが引き起こされた。
その過程で、ダイヤモンドよりも、相次いで金鉱が発見されていった。
大英帝国の首相として、こうした激増する守銭奴の増加に対して穏健を装っていた
ベンジャミン・ディスレリー
は次第に山師的な利権獲得を狙った動きに感化され、開発の競争が狂ったように荒れ狂う
アフリカの地下資源
を奪おうとする時流の流れに乗る急進的な侵略者に衣替えしていった。
さらにその植民地政策を受け継いだ英国の
グラッドストーン首相
が、イングランド銀行(BOE 中央銀行)の
グレンフェル総裁
と組んでオランダ人入植者が支配する南アフリカで第一次ボーア戦争を引き起こした。 植民大臣ジョゼフ・チェンバレンはゴーシェン蔵相の秘書となって10年後にミルナーをケープ長官(南アの総督)に任命した。
大英帝国が3C政策の最後の拠点ケープタウンを本格的に侵略する計画の初期段階でミルナーが特殊な軍団を南アフリカに組織した。
なお、チェンバレンの前職はロイ銀行の重役として知られています。
ミルナーは、ダイヤ王として知られるセシル・ローズから現地の状況を聞き、鉱山の開発事業に熱中し、労働者の不足を解消するため
労働奴隷
の大量導入による開発を計画し、中国から労働者(クーリー)を買い入れて南アフリカに運んだ。
ミルナーは一時帰国した際、リオ・ティントの重役会議に出て
大いに貢献したという記録
が残こされている。
このリオ・ティントは、原子力産業リオ・ティント・ジンクの前身となる資源開発企業である。
密命を帯びて南アに戻ったミルナーは、計画の通りボーア人との
政治交渉を突然決裂
させ、悲惨な第二次ボーア戦争を仕掛けた。
ボーア人を殲滅して土地を奪い取るためインド人傭兵を大量に送り込んだ。
イギリスの目論見は外れ
ボーア人の雑兵
は資産を奪いに来た英国人に対する激しい抵抗を展開した。
自らの土地を死守するための死闘が繰り広げられ、抵抗の気力を削ぐために実施した婦女子を巻き込む
イギリス人の蛮行
がアフリカ南部を強く揺るがしながら大戦争に突き進んでいった。
ダイヤと金の鉱山の所有権を掌中に握る絶好のチャンスと読んたミルナーは、南アフリカに鉄道を敷いて流通網を確保し、戦略的な兵站線を強化しながら領土を拡張していく
大々的な侵略プラン
を完遂するための戦後処理にとりかかった。
オックスフォード大学を訪れ計画を緻密に実行する部隊
ミルナーズ・キンダーガルテ
(ミルナーの幼稚園)
と呼ばれる軍団を組織した。
選ばれた精鋭には、ジョージ・ジェフリー・ドーソン ウィリアム・ライオネル・ヒチェンズ リチャード・フィータム フィリップ・ヘンリー・カー ライオネル・ジョージ・カーティス パトリック・ダンカン ジョン・バカン ロバート・ヘンリー・ブランド ジョージ・ジェフリー・ドーソンなどがいた。


