当ブログ内の情報はあくまでも参考情報です。投資にあたっての判断は投資する人の自己責任でお願いします。
当ブログでは、一切の責任を負いませんでご了承下さい。

マーケット出来事貴金属とレアメタル宝石と宝飾品貴金属の取引方法貴金属取扱会社

2024年05月07日

対中国であらゆる貿易保護措置を講じる用意があると欧州委員長

 欧州委員会のフォンデアライエン委員長は6日、欧州を訪問している中国の習近平国家主席との会談後、中国が自国市場への
   公正なアクセス
を提供しない場合、欧州連合(EU)は
   域内経済を守るため
に利用可能なあらゆる手段を講じる用意があると述べた。 
 
 フォンデアライエン氏は、電気自動車(EV)や鉄鋼など多額の補助金を受けた中国製品が欧州にあふれているとし、世界は中国の過剰生産を吸収できないとも述べた。

 なお、習氏はこの日、欧州3カ国歴訪の最初の訪問国であるフランスでマクロン大統領、フォンデアライエン氏との3者会談を行っている。

 フォンデアライエン氏は「貿易が公正であるためには、互いの市場へのアクセスも相互的である必要がある」と指摘した。
 また、「私たちは市場アクセスについて、どのように真の進歩を遂げるかについて議論した。さらなる進展が達成できるとなお確信している。同時に、必要に応じて貿易保護措置をフル活用する用意がある」と続けた。


 ただ、会談で中国側は自国の過剰生産を否定し、EUの保護主義を非難しており、聞く耳を持たない姿勢を露骨に行った。
 
 国営新華社通信によると、習氏はマクロン、フォンデアライエン両氏との会談でもこの立場を繰り返して主張しており、比較優位の観点からも世界需要の観点からも過剰生産能力の問題はないと言い放っている。
 
    
posted by まねきねこ at 15:00| 愛知 ☔| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

利下げに向かうとの観測から、人工知能(AI)への投資が急増予想

 UBSグローバル・ウェルス・マネジメントの米国株責任者
   デービッド・レフコビッツ氏
は顧客向けリポートで、株式相場を取り巻く環境は引き続き追い風を提供していると指摘した。
 また、健全かつ幅広い利益成長、インフレ率が再び低下に向かうとの楽観しており、米金融当局が追加利上げではなく利下げに向かうとの観測したうえ、人工知能(AI)への投資急増を挙げた。

  
posted by まねきねこ at 12:00| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジョン・バターフィールド(John Butterfield) 19世紀半ばの米国北西部および南西部における交通の開拓者

ジョン・バターフィールド
      (John Butterfield)
   1801年11月18日 - 1869年11月14日
 19世紀半ばの米国北西部および南西部における交通の開拓者でああり、現在も運営されている金融会社
   アメリカン・エキスプレス
など、多くの企業を設立した。
 当時、バターフィールド・オーバーランド・メール・カンパニーは、世界最長の駅馬車路線であった。
 この路線は 1858年から 1861年まで
   サザン オーバーランド トレイル
で運行され、新しいカリフォルニア州と隣接する東部の州の政府および経済との間に重要なつながりを確立した。

 ジョン・バターフィールド、1638 年に家族をイングランドからマサチューセッツ湾植民地に連れてきた
   ベンジャミン・バターフィールド
の子孫である。
 ベンジャミンはウォーバーンに定住し、自由民としてそこに定住した。

 ジョン・バターフィールドの父親
   ダニエル・バターフィールド
は、ニューヨーク州バーンのアルバニー近くのヴァン・レンセラー邸に住んでいた。
 1822年、ダニエルはマリンダ・ハリエット・ベイカーと結婚し、ジョンがベルンで生まれた。
 ジョンは少年時代を過ごした家の近くの学校に通っていたが、教育は不十分であった。
 彼は幼い頃から舞台芸術の仕事に従事しており
   ソープ&スプレイグ
にパーカーのステージのために居酒屋やボートから乗客を乗せる運転手として雇われた。
 しばらくして、彼はニューヨーク州ユティカを拠点に小規模な宿泊施設を備えた塗装業を始めた。
  
 ジョン・バターフィールドは主に南北を走る路線に注意を集中させ、本社のユティカから北のオグデンズバーグとサケッツ港まで、南はペンシルベニア線まで、そしてチェマング渓谷とサスケハナ渓谷を通る40の路線を持つまで交通帝国を拡大させた。
 また、エリー運河のパケットボートやオンタリオ湖の蒸気船、ユーティカに通じる板道路の建設に興味を持ち、市街鉄道の創始者となった。
 電気電信の実用化が実証されると、彼はファクストン、ウェルズ、リビングストンらと協力してニューヨーク、アルバニー、バッファロー電信会社を設立し、他の回線や会社の拡張を主張した。

 彼は交通事業の先駆者であり、駅馬車の粗雑な方法から私たちの時代の高速列車の方法への発展に貢献した。
 ジョンは、また、さまざまな運送会社で小包 (速達) を発送する必要があることに気づいた。
 1849年に彼は急行会社
   バターフィールド・ワッソン
を設立し、急行料金を負担して商品を迅速に輸送することで利益が得られると考えた最初の一人であった。
 その後事業は行われ、現在でも国内最大手のアメリカン・エキスプレス・カンパニーとして知られている。

 運送会社設立の先駆的な成功により、ユティカにあるジョン・バターフィールドの自宅からそれほど遠くないニューヨーク州北部の他の起業家も、バターフィールドの広大な交通網を利用して運送会社を設立した。
  

 ヘンリー・ウェルズはニューヨーク州オーバーン(ユーティカから80マイル)出身で、ウィリアム・ファーゴはニューヨーク州ポンペイ(ユーティカから80マイル)出身で、彼らの運送会社である
   ウェルズ社
   リビングストン・ファーゴ社
は競合他社となった。 Butterfield, Wasson & Co. Butterfield は、3 つの別々の会社を統合して 1 つの会社を設立する利点を認識した。
 1850年、アメリカン エキスプレス カンパニーは 3 つの会社から 1 つの会社を設立した。

 同社のウェルズ・バターフィールド・アンド・カンパニーの子会社がニューヨーク州バッファローから東への急行事業を管理した。
 また、リビングストン・ファーゴ・アンド・カンパニーの子会社がバッファローからミズーリ州セントルイスまでのエクスプレス事業を管理するした。

 ジョン・バターフィールドの息子、ダニエル・アダムス・バターフィールド(1831年 - 1901年)は、南北戦争では北軍准将で、米国財務次官も務めた。
 ダニエルは、1862年にスコット・タトゥーとして知られるラッパ呼び出しのバリエーションであるラッパ呼び出しタップスを作成したとされている。
 バターフィールドは 1869年11月14日にユティカの自宅で亡くなった。

      
posted by まねきねこ at 09:53| 愛知 ☔| Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アメリカン・エキスプレス(American Express Company) トラベラーズチェックとクレジットカードの発行元である米国の企業

     (American Express Company)
 トラベラーズチェックとクレジットカードの発行元である米国の企業
 国際ブランドとしてはチャージカードに位置付けられているが、一部の発行国では分割払いが可能なクレジットカードとしても機能している。
 略称は「アメックス(AMEX)」 。

 本拠地の米国を中心に、トラベラーズチェックや旅行代理業を始めとする旅行事業のほか、クレジットカード事業、法人向け銀行事業、プライベートバンク、投資信託、保険業等様々な事業を手がける。
 アメリカの他、日本やイタリア、イギリス、メキシコ、カナダ、オーストラリアなどを主な市場としており、世界各国でクレジットカードの発行を行っている。
 この他、現在世界140カ国に、2,200のトラベル・サービスオフィスを展開している。
 また、全世界のカード会員数は7800万人に達している。

 1850年に、ウェルズ・ファーゴの創設者
   ヘンリー・ウェルズ
の3人によって、荷馬車により貨物を運ぶ
   宅配便業者(Cargo Express)
として、ニューヨーク州バッファローを本社に運輸業を開始した。
 この事業は好調に推移し、輸送網を全米、および隣国のカナダやメキシコにも広げた。
 
 1882年に、世界で初めて郵便為替業務を開始したことから、同社の主事業となる金融業に参入した。
 1891年には、ウィリアム・ファーゴの発案により、世界で2番目(世界初は、1841年のトーマスクック・トラベラーズチェック)のトラベラーズチェックを発行し、アメリカ国内のみならず事業展開していた各国に導入を行った。
 その後は、海外旅行に行く米国人旅行者のサポートのために、1895年にフランスに、1896年にイギリスに事務所を開設したのを皮切りに海外に事業網を展開した。
 1917年には日本事務所を横浜港に開設するなど、その事業基盤を世界中に広げた。

 第一次世界大戦中には、他の金融機関が為替業務を閉鎖する中、イギリスに取り残された米国人旅行者のトラベラーズ・チェックの交換を行うなど、戦時下においても安定した業務遂行を行い高い評価を受けた。

 世界展開は、1939年9月の第二次世界大戦の勃発と、1941年12月に米国の宣戦布告によって一時的に停滞するが、ヨーロッパ戦線に展開する米軍兵士が現地で飼っていたものの、米軍による移送を拒否された犬のアメリカへの移送業務を委託するなど、第二次世界大戦中を通じて、その世界的なネットワークを生かし様々なサービスを提供した。

 1945年9月2日の第二次世界大戦の終戦後は、ダグラス DC-6やロッキード コンステレーションなどの大型旅客機の就航による米国の海外旅行の大衆化による海外旅行ブームを受けて、1954年には、連合国の占領下から脱して間もない日本で支店を再開するなど再び海外展開を活発化させた。
 
 1958年には、アメリカ国内のホテル組合が設立し、既に営業兼運営を行っていたアメリカホテル組合のクレジットカード会社を買収した。
 1959年には、ISO/IEC 7810に準拠した磁気ストライプカードを利用した方式が導入された。
 1966年にゴールドカードを導入した他、1984年にプラチナカードを導入した。
 また、1970年代から1980年代にかけて世界各国でクレジットカードの発行を開始した。

 1984年4月には投資銀行
とその傘下のクーン・ローブを買収し、「リーマン・ブラザーズ・クーンローブ」とした。
 さらに同社を傘下の証券会社
   シェアソン
へ吸収合併させ、「シェアソン・リーマン・アメリカン・エキスプレス」としたうえ、さらにその後
   E・F・ハットン&カンパニー
を買収し、「シェアソン・リーマン・ハットン」とするなど、当時の経営陣の方針により事業の多角化を推進した。

 当時のCEOジェームズ・ロビンソンの妻リンダ・ゴスデン・ロビンソンは、
   ロナルド・レーガン政権
の樹立をバックアップして政財界との関係を深めた。
 さらに1988年からは
を擁護する広報戦略を展開した。

 1993年に新CEOの
   ハーベイ・ゴルブ
が就任して、彼が中核事業であるクレジットカード事業と旅行事業への集中と選択を進めた。
 このため、同年に同社はそのリテール分野と資産管理業務を
   プライメリカ
に売却した。
 1989年(平成元年)6月4日に発生した
   六四天安門事件
では、戒厳令下の北京市に取り残された米国人旅行者やビジネスマンの脱出を手助けした。
 2001年(平成13年)9月11日に発生した米国同時多発テロ事件において、ニューヨーク市の本社周辺・ワールドトレードセンターが倒壊する大きな被害を受け社員が死亡したが、ほぼ通常と変わらない体制でサービスを提供し続けた。
 
 2011年(平成23年)3月11日の
   東日本大震災
直後から、被災地域周辺に居住しているプロパーカード会員全員に、コールセンターの社員から会員に向けて電話を掛け、安否確認を実施した。
 また、要望を聞き取ってトイレットペーパー・ガソリン携行缶・ランドセル・ぬいぐるみ等を、無償で提供した。
 
 2007年9月には、銀行部門の子会社である
   アメリカン・エキスプレス・バンク
を、イギリスの大手商業銀行の
に8億6000万米ドルで売却した。

 サブプライムローンで、多くの個人顧客にクレジットカードサービスを提供した結果、2007年末以降に起きた
   世界的な金融危機
を受けた不況により、貸し倒れが増加し、経営状況が悪化した。
 これを受けて2008年12月には、米国財務省から33億9千万ドルの公的資金注入を受けるための承認を受けたと発表した。
 公的資金注入を受けたことで事実上の政府管理下に入った。

 2009年6月には公的資金を返済することを表明したが、米国内におけるクレジットカードの貸し倒れが史上最高レベルに達したことなどから、世界各国において事業縮小と人員削減、サービスの廃止縮小を進めた。
   
   
posted by まねきねこ at 09:24| 愛知 ☔| Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロビンフッドに仮想通貨巡りSECが執行措置の計画を正式通告

 株式取引アプリを運営する米ロビンフッド・マーケッツは、暗号資産(仮想通貨)の取り扱いに絡み、米証券取引委員会(SEC)スタッフから執行措置を取る計画を正式に通告する「ウェルズノーティス」を4日に受け取った。

 同社が6日規制当局に提出した文書によると、ウェルズノーティスはロビンフッド・クリプトに関連した暗号通貨の取り扱いや保管、プラットフォーム運営に関するもので、証券法違反の疑いで執行措置を勧告する予備的決定を下した旨を通知された。

 その結果、差し止め命令や不正に得た利益の返上、活動の制限などの制裁措置が下される可能性があるという。
 なお、ロビンフッドはこれまで当局に召喚され、調査に協力しているとしている。

 ウェルズノーティスは、当局の申し立てに反論する時間的猶予を与えるもので、必ずしも執行措置が実行されることを示すものではない。

  
posted by まねきねこ at 08:00| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米株式市場は6日、S&P500種株価指数が3営業日続伸した。

 米金融当局による年内利下げ観測が追い風となって、3日間の上げ幅としては昨年11月以来の大きさとなった。
 
 S&P500種は1%を超える上昇となり、50日移動平均を上回った。
 決算シーズンがここまで総じて堅調を維持していることも市場の楽観を支えた。
 ただ、売買高が平均を下回り、相場上昇の持続性を巡る懸念は高まったものの、幅広いセクターで買いが優勢となった。

 大型ハイテク銘柄ではAI関連株のエヌビディアと電気自動車関連で業績悪化からこれまで売られてきたテスラが買い戻され、高くなった一方でアップルは下落した。
 著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いる米投資会社バークシャー・ハサウェイはアップル株の持ち分を減らしたことが明らかになったことも影響したようだ。 

posted by まねきねこ at 08:00| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

口止め料巡る刑事裁判でかん口令違反を繰り返すトランプ氏に再び法廷侮辱罪が適用

 トランプ前米大統領が不倫口止め料を不正に処理したとされる刑事裁判で、ニューヨーク州裁判所の判事は再びトランプ氏に法廷侮辱罪を適用した。

 フアン・マーチャン判事は6日、トランプ氏がソーシャルメディアでこの裁判の証人に関する投稿を新たに行ったと指摘した。
 この行為の繰り返しをかん口令に違反したものと判断し、1000ドル(約15万円)の罰金を科した。
 今後さらなる違反があった場合は収監を検討するという。

 判事は「1000ドルの罰金は抑止効果がないようだ」とした上で、トランプ氏に「私が最も避けたいのはあなたの収監だということを理解して欲しい」と語った。

 マーチャン判事は先週、9件のかん口令違反を認定した。
 法廷侮辱罪にあたると判断し、トランプ氏に計9000ドルの罰金を科していた。



posted by まねきねこ at 07:17| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

為替は高値で安定すれば、保有する日本国民の金融資産はドルベースで大きく劣化するばかり!!

 ニューヨーク外国為替市場で円相場は総じて1ドル=153円台後半で推移した。
 午前の取引で一時154円台を付けるなど
   日米金利差
を意識した円売りが再び優勢となっており、日銀の為替介入も意識する必要がないような状況と再びなっており、極端な変動が起越さなければ意のままに為替が操られ、3円程度の円安、円程度の円高を繰り返して165円から170円を目指しかねない動きが出ている。

 日銀が為替介入して円を150円割れまで誘導してスタグフレーションに陥りかねない日本経済を底支えし、輸入物価の下落から内需拡大のための社会インフラの整備や都市圏の人口を半減させるなどの取り組みで国土の強靭化を図る政策を推し進めれる政権に変える必要があり、単につなぎでしかない無能としか言えない閣僚を並べただけの岸田政権は早急に退陣すべきだろう。

   
posted by まねきねこ at 07:00| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グリーン生産能力が「過剰」問題 海外で需要があり、「この説は通らない」?

 欧米では中国の新エネルギー車(NEV)やリチウム電池、太陽光発電製品などの
   グリーン生産能力が「過剰」
と問題視されているが、中国共産党中央直属の中国外文出版発行事業局(略称:中国外文局、別名:中国国際出版集団)が管理・運営するニュースサイト
   中国網
は証券会社の複数の専門家の見解を紹介し、海外で需要があり、「この説は通らない」と中国政府の方向性と同じく反論した。
 
   
posted by まねきねこ at 07:00| 愛知 | Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サー・マクシミリアン・ミカエリス(Sir Maximillian Michaelis) 南アフリカの金融家、鉱山王、後援者、芸術の後援者

サー・マクシミリアン・ミカエリス
    (Sir Maximillian Michaelis KCMG)
   1852年5月11日 - 1932年1月26日
 南アフリカの金融家、鉱山王、後援者、芸術の後援者であった。

 ミカエリスは 1876 年にポート エリザベスに上陸して初めて南アフリカに到着し、その2年後、「1871 年のダイヤモンドの発見」と富を追及し、惹かれてキンバリーに移った。

 ここでミカエリスはジュリアス・ヴェルナーとアルフレッド・ベイトの親しいビジネス仲間となった。
 また、ハーマン・エクスタインとジム・B・テイラーと知り合い、その友情は生涯続くことになった。

 ミカエリスはヴェルナーに採用され、ポージェスとヴェルナーのためにダイヤモンドを扱うようになった。
 1880年代にケープ ダイヤモンド カンパニーを再構築した。
 ミカエリスは Wernher, Beit & Co の創設パートナーであった。
 数年以内に、ヨハネスブルグの Central Mining and Investment Corporation のマネージャーになった。

 1896年から彼はロンドンにある会社のオフィスで働き、1919 年に南アフリカに戻るまでそこに留まった。
 イギリスでは、サリー州のタンドリッジ・コートという田舎の邸宅で極度に人里離れた生活を送っていた。
 他の領主とは異なり、彼は贅沢な接待や浪費を許さず、マスコミを避けたうえ、ロンドンに豪華な邸宅を持たず、男爵位を望んでいたにもかかわらず、社会的に野心的ではなかった。

 第一次世界大戦が勃発し、イギリスを襲った
   反ドイツのヒステリー
により、ミカエリスは南アフリカに戻るという
   スマッツ将軍の提案
に基づいて行動した。

 マックス・ミカエリスとその妻は 1919 年にケープタウンに到着し、その年の 12月には、2,000 人のゲストを集めて盛大な市民レセプションが彼の栄誉を讃えて開催された。
 彼らにはセシル・ミカエリスとアイリス・ミカエリスという2人の子供が生まれました。

 1913年、彼はオランダとフランドルの巨匠のコレクションを連合政府に贈呈し、その賜物がナイト爵位の授与につながった。
 これらはミカエリス コレクションの基礎を形成し、ケープタウンのオールド タウン ハウスに保管されていた。
 このコレクションをケープタウンに保管するという決定は、多くの批判を浴びた。

 当時の世論は、お金はリーフ金鉱山から出たものであり、コレクションはヨハネスブルグにあるものであるという主張であった。
 その上、多くの作品はフランス・ハルスの女性の肖像画はコレクションの中心である質が低いと見なされたうえ、出所が疑わしい絵画が少なくとも 1 枚あった。
 これらの作品はレディ・フィリップス(ライオネル・フィリップス卿の妻)とヒュー・レーン卿によって収集されている。

 1920年6月、フィリップス夫人の勧めで、彼はケープタウン大学の美術学部長に寄付し、その見返りに名誉法学博士号を授与された。
 この学校は現在、ミカエリス美術学校として彼の名前を冠している。
 また、キンバリーとヨハネスブルグの美術館に多数の美術作品を寄贈した。

 1920年、マックス ミカエリスはニューランズのモンテベロの不動産を取得し、1996年に亡くなる前に、彼の息子でアーティストのセシル・ミカエリスは、政府による不動産の収用に憤慨し、その不動産がデザインの促進に使用されることを条件に、モンテベロをケープタウン大学に寄贈した。 

 1924年にマックス・ミカエリスにナイト爵位が授与された。
 ミカエリスは1932年1月26日にチューリッヒのベラリア通り7番地で癌のため亡くなった。

 マックス・ミカエリスの死を受けて英国に戻ったミカエリス夫人は、ケープタウンの国立美術館とプレトリアに大規模な美術コレクションを贈呈し、さらにケープタウンのミカエリス・コレクションにも寄贈した。

 彼女はケープタウンのレディ・ミカエリス整形外科ホームの創設者であった。


   
posted by まねきねこ at 07:00| 愛知 | Comment(0) | 人物伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米国企業決算 増益ペースは現段階で6.5%

   ジーナ・マーティン・アダムズ氏
は顧客向けリポートで、ここれまでにS&P500種構成企業の80%超が1−3月決算発表を終了しており、増益ペースは現段階で6.5%と、決算発表シーズン前の予想である3.75%のほぼ2倍になっていると指摘した。

   
posted by まねきねこ at 06:54| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

利下げはいずれ実施されると発言

 ニューヨーク地区連銀
   ウィリアムズ総裁
は、利下げはいずれ実施されると発言した。
 ただその決定はデータの全体像に左右されると述べた。

  
posted by まねきねこ at 06:54| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米経済に関する強弱まちまちなシグナルが意識され、金は買い進まれ上昇。

 NY商品市場の金スポット相場はこのところのデータを受けて米経済に関する強弱まちまちなシグナルが意識される中、金は買い進まれ上昇した。
 6日は英国と日本が祝日で、売買高は平均を下回ったことも売り圧力を低下させた。

 スワップ市場は現在、慎重ながらも年内の米政策緩和に対する織り込みを強めつつある。
 また、金の投資家らは、インフレがより高水準かつ長期にわたって続くとの見方を強めており綱引きになりかねない。

 ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物6月限は22.60ドル(1%)上昇の2331.20ドルで引けた。  

   
posted by まねきねこ at 06:46| 愛知 ☔| Comment(0) | マーケットの動き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年最悪のパフォーマンスとなった米国債の買いを推奨?

 パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が先週にそこまでタカ派ではない見解を示したのを受け、投資家は米金融当局者の発言を注視している。

 米10年債利回りは2ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低下した。
 今週は10年債と30年債の計670億ドル(約10兆3100億円)に上る入札が予定されている。
 そのため、長期債への需要を試す試金石となるほか3年債580億ドルの入札も行われる。
 
 米国金融大手のモルガン・スタンレーは、4月に月間ベースで今年最悪のパフォーマンスとなった米国債の買いを推奨している。

  
ひとこと
 米国債を大量に保有し続けている日銀は円安を利用し、償還分だけではなく保有分も米国債券を市場で売り、円高時に発行し続けた日本国債の償還を前倒して実施すべきだろう。
 この場合、日銀が金利引き上げを強めれば市場に流れる日本国債は大きく下落し、安価に買い戻すことは可能となり、費用もより安くなることに注目すべきだろう。
 米国政府に阿る忖度ばかりで政権を維持する日本の与野党政治家の圧力を跳ね返せての話だが...
   
   
posted by まねきねこ at 06:18| 愛知 ☔| Comment(0) | イベント 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする